- Artdirector
日高英輝
- 2011.06.30
Photographs by Takashi Suzuki (Vda)
数ヶ月前、坂田氏からいきなり宿題を与えられた。「コラム。テーマは何でもよろし」。
他の表現が苦手なのでデザイナーという仕事をしているはずなのに、文章を書いてくれと。のらりくらりと逃げ回っていたが〆切とやらに追いつかれ、逃げ場がなくなった。
散々思いあぐね覚悟を決めた。写真について書こう。
元コマーシャル・フォト編集長のwebマガジン、適材適所なテーマのはずだ。
記事も写真関連が多いだろう、その中に埋れて素通りしてもらえる可能性が高いので、気が楽だ。アートディレクターが語る写真の話、フォトディレクションの周辺。これにしよう。
session 1.
「カバンを撮ってくれるな」~ゼロハリバートン~
新人デザイナーだった頃、会社に出入りするフォトグラファーがとてもカッコよく見えた。
佇まい、眼光、総じて無口、そうじゃない人も中にはいたが、当時のフォトグラファーは、
ミュージシャンにも似た孤高のオーラを放っている人達がたくさんいた。
唯我独尊、スタイルも表現もまったく違う彼らに共通するアイテムがひとつだけあった。
それが"ゼロハリバートン"というアメリカ製のスーツケースに緩衝材を詰めた
カメラケースだった。無垢のアルミの鈍い光沢、シンプルでシャープなデザイン。
ゼロハリのクールで堅牢な佇まいは、フォトグラファーの存在感と相まって、
"カッコイイ"の象徴としてペーペーデザイナーに刷り込まれた。「ゼロハリが欲しい...」。
マイ ファースト ゼロハリバートンを手に入れたのは、初めての海外ロケの時だった。
なけなしの給料を少しづつ貯金してやっと手に入れた。嬉しくて一緒に寝たぐらいだ。
以来、長距離移動必須の相棒となり20年の付き合いになる。
傷や凹みだらけだが、ボロボロになるほど愛着が増すプロダクトは世の中にそう多くはない。
「ゼロハリバートンのコミュニケーションに関わって貰えないか?」
2007年エース社から連絡があった。軽量化を目指したポリカーボネート製の新商品を発売する。そのコミュニケーション戦略、それに基づく商品・店頭まわり、広告のクリエイティブを開発して欲しいとの依頼だった。断るわけがない。
大好きな商品を仕事にできる喜びを胸に"新しいゼロハリ表現"を模索し続けた。
翌年、商品はローンチし新生ゼロハリバートンは上々のデビューを果たすことができた。
上の写真は、フルラインナップが出揃ったことを告知する新聞広告の為に撮影したものだ。
全てのアイテムを見せることを要求されたが、いわゆるカタログ的な表現は絶対に避けたかった。ゼロハリらしくスケールが大きくて、全てのビジネスマンに届けたいという意思を持った表現。行き着いたのは"商品を湾岸の臨海都市に見たてる"というアイデアだった。
参考にしたのはアジアを代表するネオビジネス都市"上海"スタジオに巨大なプールを設置し、商品を高層ビル群のように配置、水面に映る鏡像と共に写し取り、ダイナミックに美しくフルラインナップを訴求することを狙った。
今時、大掛かりなセットを組まなくてもフォトショで簡単に合成できるでしょ?と
何人かに言われた。確かにお金も時間も労力もかかる。実際、巨大プールに水を貯めるだけで半日かかり、真夏の撮影だったが水面を鏡面のようにに保つため、すべての空調を停めた灼熱のスタジオ。商品のレイアウトはやり直しの連続と過酷極まる現場だった。
しかしこの表現だけは一発撮りにこだわった。何故かというと、セットが組み上がった時の感動と壮観な有様が写真に写ると想像できたから。そしてそれはそのまま見る人に伝わると思ったからだ。写真にはその場の空気や臨場感、撮る人の思いや意思が写り込むと信じている。
カメラマンには一言だけ、「カバンを撮ってくれるな。街を撮ってくれ」と、お願いした。
▲ゼロハリバートンの広告。
朝日新聞にマルチで展開した。
日高英輝 - Artdirector
宮崎県生まれ。グリッツデザイン主宰、アートディレクター。
グラフィックデザインをベースに多領域で活動中。
主な受賞歴、JAGDA新人賞、NYADC銀賞、日経広告賞グランプリなど多数。
WEB: http://gritz.co.jp/
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