今時の若者はクルマに興味がないらしい。理由は簡単だ。
『サーキットの狼』がなかったからだ。

大抵の男子は、生まれながらにして『じどうしゃ』がDNAに刷り込まれている。
その上に、『サーキットの狼』という漫画の洗礼を浴びてしまったのが僕らの世代だ。
たまに出会うポルシェ930ターボやランボルギーニカウンタックに「おっ!」と嬌声をあげたり、
憧憬の眼差しを送るおやじのほとんどは、ほぼ確実にこの漫画を通過している。
この漫画は、クルマを身近な存在から"憧れの対象"に格上げする効能を持っていたと思う。

1970年代後半、日本中の少年達を熱狂させ、スーパーカーブームをもたらしたこの漫画に、
九州の片田舎で育った自分もすっかりはまってしまった。しかしここは宮崎である、
国道220号線にデトマソ・パンテーラが走行する可能性は極めて低い。
結局、マイブームが下火になるまでに出会えた"本物"のスーパーカーは、峠から落ちて大破し、
近くの観光ホテルまで搬送されてきた、無惨なフェラーリ512BBだけだった。

しかし、このブームは自分に思わぬ副産物をもたらした。
当時の外車、国産車ほとんど全ての車種名を言い当てられるようになっていた。
奇跡の出会いを求めて国道を観察しているうち、すっかりクルマに詳しくなってしまったのだ。
そしてそれ以来、自分のクルマに対する評価基準は揺るぎないものになっていた。
それは"デザイン"だ。

自分にとってクルマとは、馬力とか、スピードとか、ましてや燃費とかのスペックではなく、
エクステリアデザインこそがすべてだ。
それはかっこいいか?美しいか?新しいか?オリジナリティがあるか?そして見惚れるか?
求心力のあるデザインのクルマには何かしら理由がある。
LEXUS LS600hLを最初に見たときに感じたもの、それは"凄み"だった。


「まだ、世界にない、歓びへ」〜LEXUS LS600hL〜


数年前のある日、何度か仕事をご一緒したエグゼクティブ・クリエイティブディレクターから、
コンペ参加の要請を受けた。レクサスのフラッグシップカーのローンチ・コミュニケーション。
トヨタの最上級ブランドゆえ、求められた要求も最上級レベルのコンペは熾烈な戦いになったが、
結果、我々のチームが制作を担当することになった。

LEXUSを極め、高級車の概念を変える。
それが、レクサスのフラッグシップカーLS600hLに求められた使命だった。
圧倒的な動力性能と、低燃費・静粛性の融合。最上級の快適性、最高水準の安全性能。
0→100km/hの発進加速は5.5秒で、当時のスカイラインGT-RやホンダS2000よりも速かった。
最新技術と、世界最大のカーメーカーのプライドが惜しみなく注がれたそのクルマは、
これまでの高級車の概念を超え、まったく新しいプレミアムカーの領域にまで達していた。

ボディラインは美しかった。
レクサス独自のデザイン開発思想に基づいて極められたその姿は、気品と威厳に満ち、
そして明らかに他の高級車とは一線を画すオーラがあった。
世界初採用の、3眼一体型LEDヘッドライトは、それまでの高級車文法なら絶対に
採用されることがなかっただろう異彩を放ち、強烈な存在感をアピールする。
そのデザインには、"今まで誰も到達していない高級車を作る"という気概と凄みがあった。

「まだ、世界にない、歓びへ。」
コピーライターはこのクルマの使命をそう表した。
そして表現は、そのフォルムを写し取るだけで十分だった。

LEXUS LS600hL

カーデザイナーは格闘の毎日だろうと想像する。
いろんな事情と数多くの声、そして技術的障壁に直面しながら、最終型に収斂させていく仕事。
モータショーのコンセプトカーが、デザイナーがイメージした理想の姿だとしたら、
似て非なる量産型を見たときのギャップがその困難さを物語る。
だからこそ、強いデザインを纏ってデビューするクルマは賞賛を受け、人々の記憶に残るのだろう。

いすゞベレットGT、117クーペ、ピアッツァ、ビークロス、スバル360、アルシオーネSVX、
ホンダS800、CITYターボ、NSX、S2000、日産フェアレディ240Z、シルビア、ハコスカGT-R、
マツダ・コスモスポーツ、ロードスター、RX-7、トヨタS800、2000GT、セリカ1600GT、MR2、
メルセデスベンツW113、BMW2002、ポルシェ911、フォルクスワーゲン・ビートル、ゴルフ、
スマート、MINI、ジャガーEタイプ、アストンマーチンDB5、ロータス・エラン、シトロエンDS、
プジョー306カブリオレ、ルノー・サンク、フィアット500、パンダ、ランチア・ストラトス、
アルファロメオ・ジュリア、155、145、フェラーリ・デイトナ、そしてランボルギーニ・ミウラ・・

クルマはいつの時代も美しく、そして"夢"をあたえてくれる存在であってほしいと思う。


LEXUS LS600hL / 博報堂+POOL+グリッツデザイン
ECD/宗形英作 CD・C/小西利行 P/数井啓介 AD/日高英輝 D/相田俊一