Sというコピーライターがいる。
ほぼ同い年の、一緒に仕事した数より明らかに飲んだ回数のほうが多い間柄。
生き方も価値観も見てくれも、かぶる部分がまるでないのだが、
数少ない接点の一つが互いに映画好きというところだ。
杯をかわす理由がなんであれ、いつの間にか映画が話題の中心になってしまう。

ところでここ数年、同じ疾患に苦しめられている。
正式な病名は知らないが、あえて言えば『映画性健忘症』か。
記憶力の低下はそれだけにとどまらないが、こと映画に関しては顕著だ。
とにかく名前が出てこない。作品名、監督名、役者名・・。
「アレ」「ほらアレだよ」「アレなんつったっけ?」アレの応酬で会話がすすむ。

そんな病状に苦闘しながらも、互いに暗黙の了解がある。
たとえ思い出せなくても、絶対にネットで検索しないということだ。
スマホに頼らず、該当する名前にたどりつくまで必死で淀んだ記憶をかき分けていく。
そうしなければ、そのまま若年性痴呆に向かって転がり落ちるのがわかっているからだ。
そのため、別の話題に移行しているのにいきなり「わかった!ハーヴェイ・カイテル!」となる。
先に思い出せなかった悔しさと共に、長年の便秘が一気に解放されたような爽快感が
ないまぜとなり、酒が進み、さらに病状が悪化していく。

そんな状態にあって、この人だけはどんな酩酊になろうとも忘れる事がないと自負できる、
長ったらしい名前のメキシコ人監督がいる。
その名は「アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ」。

フォトディレクションの周辺 vol.15「誰もがいつか失う重さ」~21グラム~

「デルトロが出る映画だけど、やる?」Sからいきなり電話があった。
ベニチオ・デル・トロのファンであることを知っていたので、声をかけてくれたのだ。
「金はない」との注釈付きだったがそんなことは関係ない。速攻で答えた。「やる」。

デビュー作「アモーレス・ペロス」が世界中で高い評価を得た、イニャリトゥの新作
「21grams(原題)」は、ショーン・ペン、ナオミ・ワッツ、シャルロット・ゲーンズブール、
そしてベニチオ・デルトロという"つわもの"役者が共演する映画で、
観賞後無言になってしまう系ベスト3に入るぐらいヘビーなストーリーだった。

『人は死んだ瞬間、21グラムだけ軽くなる。21グラム、それは魂の重さ』
そんな逸話をタイトルに、ひとつの心臓を巡り、引き合わされた3人の男と女の物語。
過去、現在、未来が入り乱れ、最後に集束する複雑な構成。俳優陣のリアリティ溢れる演技が故、
その深いテーマが重くのしかかる。本来、アート系単館上映がふさわしい内容のこの映画を、
配給会社は全国ロードショーで展開しヒットさせたいという。

「誰もがいつか失う重さ。」
Sのコピーには、観てみたいと思わせる吸引力があった。
表現はキャストを前面にたてるのではなく、その言葉と呼応する表現がふさわしいと考えた。
まず「21グラム」というタイトルを、「21g」という記号で表記しましょうと提案した。
日本人は記号表記に馴染みがありスピードも早い。そして説明的でなく象徴的なほうが
キャッチコピーと相まってチカラを持つと考えたのだ。

クリエイティブワークが功を奏したかどうかわからないが、21gはこの手の映画としては
異例の動員を記録したと聞いている。

「運がよければ監督とデルトロに会えるかもしれない」。Sから連絡があった。
世界中をキャンペーンで廻っており、東京の公開初日に立ち寄るというのだ。
劇場楽屋前。スタッフ一同緊張しながら、舞台挨拶をしている両名を待った。
出てきた二人に配給会社の担当者が、今回の日本公開ポスターの製作陣と紹介してくれた。

二人は歩み寄ってがっちりと握手してきた。イニャリトゥ監督が笑顔でこう言った。
「この日本のポスターは、世界の公開国の中で一番素晴らしいポスターだ。」

世の中、金だけじゃない仕事は確実に存在するし、その夜の酒は格別に旨かった。


 公開予告ポスター、心臓のイラストはスイス人イラストレーター、フランソワ・ベルトゥを起用。


 公開ポスター、21gというタイトルをメインビジュアルとした。


 アイテムの数々。試写会DMは魂の重さを体感できるように、ちょうど21グラムになるように設計した。

© GAGA USEN「21グラム」/ サン・アド+グリッツデザイン
CD,C/佐倉康彦、C/小宮由美子、AD/日高英輝、D/木谷史、I/フランソワ・ベルトゥ