"写真"という表現が好きになったきっかけは、父の本棚にあった。

小学校の教師ではあったが「午後5時を過ぎればただのオトコ」という迷セリフをうそぶき、
夜や余暇は自分だけの時間を謳歌していた。そんな父の生き方、趣味嗜好がその本棚につまっていた。
10代初頭、不在なのを確認したうえで部屋に忍び込み、そこを物色するのが密やかな楽しみだった。

池波正太郎、司馬遼太郎、開高健、大藪春彦、早川ミステリー、創元SF文庫などの膨大な小説類。
「丸」「航空ファン」「コンバットマガジン」「GUN」「戦車マガジン」などの偏った定期購読誌。
「カムイ外伝」「ワイルド7」「ゴルゴ13」「ドーベルマン刑事」等の火器描写がやたら精密な漫画類。
そのほか、「暮らしの手帖」全巻、グルメ本や謎のムック類、未成年NGの雑誌とかに混じって、
ひときわ存在感のある写真集がそこに鎮座していた。

「Life goes on.」〜The Best of LIFE〜

1936年、写真の時代の到来を見越して、アメリカで発行されたフォトジャーナリズム誌『LIFE』。
最盛期には週500万部以上を売り切り、ロバート・キャパ、ユージン・スミスなど、
後世に残るフォトジャーナリストを数多く輩出したLIFE誌だったが、
テレビという新しいメディアの台頭でその役割を終え、1972年休刊に至った。

その36年間1864冊のライフにのった写真の中から、選りすぐられた傑作の数々を収録した写真集が、
"The Best of LIFE"だった。

文章ではなく写真で物語らせる。
世相、カルチャー、歴史的事件、戦争、著名人、エンターテイナー、ネイチャー、科学、アート・・
世の森羅万象を網羅した圧倒的なビジュアル体験は、田舎の少年に強烈な印象を刻みつけた。
「写真」という表現の脳に直結するスピードと強さ、そしてメッセージ 力。
学校の世界史の教科書より、この写真集から学んだことのほうが多かったと思う。
いまだに、ノンフィクション小説やドキュメンタリー番組、史実を基にした映画などを好むのは、
あきらかにこの写真集のせいだ。

当然その影響は仕事にも及ぶ。
"目的のための適切な表現"などと綺麗事を並べながらも、育ちがにじみ出てしまうのがこの稼業だ。
自分の仕事に写真を用いたものが多いことも、モノトーンの表現に偏りがちなのも、
ちょっとコントラストが強めになってしまうことも、そしてこんなコラムを書かせてもらっているのも、
この写真集が父の本棚にあったからである。


本棚の本たちは実家を引き払った際、すべて処分したと母から聞いた。
父は健在で、数年前から介護施設で過ごしている。
指が覚えていると、施設のオルガンを弾きまくり、おばあちゃん達のアイドルになっているらしい。
見舞いに行ったとき、唯一持ってきたという池波正太郎の文庫本が、枕元にポツンと置かれてあった。

写真集「The Best of LIFE」は手元にある。
上京する時、父の本棚からだまって失敬したのは、この一冊だけだった。

The best of LIFE
photographs by TenTen