- Artdirector
日高英輝
- 2011.10.31
それまで音楽周りの仕事にまったく縁がなかった。
何年か前のある日、レコード会社の制作担当を名乗る人物から電話があった。
「来春デビューする新人グループのアートワークをお願いできないか?」
面識もなく突然の連絡。何故に僕を?と尋ねると「ずっと探してたんです」と。
その新人は4人組のボーカルグループ、デモテープの出来が素晴らしく、
レコード会社数十社の争奪戦になりユニバーサルレコードが契約に漕ぎ着けた。
しかし、デビューにあたってメンバーから通常ではあり得ない条件を提示されていた。
それは「楽曲の提供以外、一切のメディア露出をしない」という条件 だった。
メンバー全員、福島県の郡山にある医科歯科大の学生で歯科医を目指している。
楽曲制作は可能だが、プロモーション活動と学業の両立は難しい。
そして、デビューすることで大学に迷惑をかけたくない。というのがその理由だった。
日本でデビューする新人アーティストは年間で300を超えるらしい。
過酷な生き残りをかけて、レコード会社は事前のプロモーション活動に力を入れる。
まだSNSが黎明期の時代、ライブ、TV、ラジオ、雑誌、PV、等々...既存のメディアに
どれだけ露出させるかが新人プロモーションの基本だった。 それができたとしても
ヒットチャートに名を連ねることができるのは、ほんの一握りのサバイバル。
そんな世界で、メンバーがメディアに登場しないどころかアーティスト写真さえ
存在しないということは 、最初から負け戦を意味していた。
「だからこそアートワークが重要だと考えたのです」 。
CDジャケットを専門に手がけているデザイナーではなく、広告を手がけている人、
コミュニケーションデザインに携わっていて、このグループに相性良さそうなデザイナーを
ずっと探していた。と彼は言った。デザイン専門誌でたまたま僕の作品を見たらしい。
どこが"相性"よかったのか聞きそびれたが、「やります」 と答えた。
恐ろしくネガティブな条件にヤル気が湧いた、なにより彼の熱意に絆されたのだ。
歯科医を目指す謎の覆面グループ。それがGReeeeNだった。
session5. 「Green Boy」〜GReeeeN〜
東北新幹線郡山駅。その真ん前にある喫茶店で彼等と初対面した。
あれこれ考える前にメンバーの人となりを知りたい、とリクエストしたのだ。
(この喫茶店はその後プレゼンの場となるのだが、回を重ねるうちウェイトレス達が
「あれGReeeeNじゃない?」と騒ぎ始めたため、場所を点々とすることになる。)
自己紹介、馴れ初め、大学のこと、楽曲に込める思い、そして馬鹿話の数時間。
GReeeeNの由来は「新人未熟者」を意味するスラング「Green Boy」にちなみ、
「まだまだ未完成であり続ける、未知の可能性」という意味で名付けたと言う。
笑いも絶えないが真面目でまっすぐ。彼等と対峙して持った印象とグループ名の由来に
違和感はない。この気の置けない若者達を、どう表現しデビューさせればいいのか?
はっきりしていたのは、『アイコンこそ命』ということだった。
デザインしたロゴは当初「エンドウ豆?」と言われた。
知っている楽曲を耳にした時、まず連想するのは歌い手の顔、歌っている姿が普通だろう。
GReeeeNにはそれがない。だからこそ実体の代わりになる目印が必要だと考えた。
誰も知らない彼等を象徴する、一度見たら忘れられない強烈なアイコン。
笑いの絶えない人柄、「スマイルを届けられる存在でありたい」という想い、
そして歯科大生であることをさりげに主張する"歯"をモチーフにデザインした。
最も気を使ったのが、"模写"できるロゴであることだった。
まだ見ぬ中高生のファン達がこぞってノートに落書きしている姿をイメージしながら、
できるだけ模写しやすいシンプルなデザインを心がけた。
デビュー曲「道」のジャケットは、このロゴを象徴的にデビューさせることに力点を置いた。
「新人未熟者」をイメージした泣く赤ん坊の写真。プラケースの上にぺたりと貼り付けられた
意味不明の変なロゴマーク。同じステッカーがオマケでついている。
ショップ用チラシもステッカー仕様にした。ケータイに貼れる極小サイズから
ノートにカバンに貼れるサイズまで。全ては、このロゴを流布させることが目的だった。
デビュー当時、若い人達のリスニングスタイルに変化の兆しがあった。
ケータイで音楽を聴く「着うた」が支持を集め始めていたのだ。
音質は二の次、聞きたい曲をその場で手に入れ、聞きたい時に聞く。 CDショップに
行かなくてもイージーに楽曲を手に入れるスタイルは、中高生の間で瞬く間に広がっていった。
GReeeeNは最初から"配信"を意識してデビューさせるという戦略をとっていた。
ジャケットはCDショップの商品棚だけではなく、ケータイの小さい画面の中で機能する
デザインを目指した。2センチ角でもちゃんと目立つか?カーソルを合わせたくなるか?
GReeeeNのCDジャケットは、思わずクリックしたくなるスイッチボタンのつもりで
デザインしている。
デビュー以来、「愛唄」「キセキ」「遥か」など数々のヒットを飛ばし、
前代未聞の覆面グループは、たくさんのファンを抱えるアーティストに成長していった。
現在、彼等は福島で歯科医として働きながら楽曲制作に励んでいる。病院に迷惑を
かけたくないという理由で、今だ顔出ししていない。おそらくずっと覆面のままだろう。
どんなにヒットメーカーになろうが、奢ることなく周りに気遣い、自分たちの信念を守る。
GReeeeNは「まだまだ未完成であり続ける、」のだ。
日高英輝 - Artdirector
宮崎県生まれ。グリッツデザイン主宰、アートディレクター。
グラフィックデザインをベースに多領域で活動中。
主な受賞歴、JAGDA新人賞、NYADC銀賞、日経広告賞グランプリなど多数。
WEB: http://gritz.co.jp/
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