- Artdirector
日高英輝
- 2012.01.27
Photographs by HATSUHIKO OKADA
「日高にむいてる仕事があるんだけど」
面識はあったが仕事をしたことがないクリエイティブディレクターから突然連絡があった。
クルマのシートベルトやエアバッグ、チャイルドシートなどを作っている会社がある。
創業70周年を機にCIを一新し、コミュニケーション活動を強化することになった。
ついては、新聞を中心に広告展開を図りたいので手伝ってもらえないかという話だった。
それまで、クルマのシートベルトを作る会社が存在していることなど想像したこともなかった。
聞けば、世界各地に生産拠点を持ち、国産車はおろか世界中のカーメーカーのほとんどが、
その会社のシートベルトを装備しているらしい。1933年織物メーカーとして創業、
第二次大戦後、製造していたパラシュート技術を応用してシートベルトの研究に着手。
60年に日本で初めて2点式シートベルトの開発に成功し、チャイルドシートも、
装着が法律で義務付けられるずっと以前から開発に取り組んでおり、
77年には他社に先駆けて製品化したという自動車業界では有名な会社らしい。
クリエイティブディレクターが何を根拠に"むいてる仕事" と判断したのか知る由もないが、
"車載安全装置メーカー"という聞き慣れない業態に、好奇心の琴線が音をたてたのは事実である。
社長同席のキックオフミーティングの冒頭、「社名聞いたときテレビ通販会社だと思いました」と
素直に本音を述べ、場を凍りつかせてしまった会社。それがタカタだった。
session 6. 「安全をつくる仕事」〜TAKATA〜
疑問に思っていたことがあった。
自動車部品という性格上、製品のほとんどを自動車メーカーに納入している企業が、
新聞購読者という不特定多数に対して広告を出稿する必要があるのか?ということだった。
大きな金額を投下しても売り上げにはほとんど結びつかない。いったい何を伝えたいというのか?
その疑問は担当責任者の言葉で氷解した。
「今回の試みは目先の販促効果を狙うのではなく、安全性に対する啓蒙・啓発と、
製品の品質向上に賭ける企業姿勢を知ってもらうことが目的。
車載安全装置のメーカーとして、目指す目標は"交通事故による犠牲者をゼロにする"ということ。
そのために、安全に対する啓蒙・啓発活動を行なうのは当然の務め」。
明快なオリエンテーションはクリエイティブの目標設定も明快にしてくれる。
クリエイティブディレクターが打ち出した指針は、自己紹介として、一般消費者との接点である
チャイルドシートを取り上げる。伝えるメッセージは「安全には、品質がある」ということだった。
同社の製品は車に乗る人の命にかかわるものだけに、衝突実験などの様々な安全性能実験を繰り返し、
妥協のない安全の高品質化を目指していた。チャイルドシートも国の基準を上回る厳しい
社内基準を課して安全品質の向上に取り組んでおり、国土交通省の安全性能試験では、
乳児用と幼児用で史上初の同時「優」を獲得していた。しかし、世間の安全性に対する意識は
極めて低く、ベビー用品と同じようにかわいさ優先で選択されてしまうのが実情だった。
「安全には、品質がある」 を伝えるためにどうすればいいのか?
そのヒントを得るために、スタッフ全員で創業の地、滋賀県彦根市の工場を訪ねた。
広大な生産ライン、製造に取り組む作業員の真剣な眼差し、度重なるテストでスクラップ化した
おびただしい数の車両、次世代安全装置の試作品、そして最新鋭の衝突実験装置の数々。
そこはクリエイティブのヒントに満ちていた。とりわけ目をひいたのは衝突実験に使用される
数十体の傷ついたダミー人形だった。その中に一体の真新しい子供のダミーがいた。
ドイツ製の三歳児を想定した側突試験用ダミー人形。高精度センサーを内蔵した最新鋭のもので、
世界に三体しかなく、日本ではこの工場にしか存在しない。一体数千万円もするらしい。
「導入したばかりでまだ未使用のものです。近日中に衝突試験を開始します」 。
安全追求のために生まれ、過酷な衝突実験に晒され続ける寡黙なダミー人形。
撮るしかない。
精密機器で移動が困難なため、工場内に仮設のスタジオを設営し撮影に挑んだ。
ダミーから測定器に繋ぐケーブルがダラリと伸びている。邪魔だとは思わなかった。
むしろこのケーブルに焦点を当てようと考えた。
ケーブルがか弱い生命を繋ぐ一本の「へその緒」の様に見えたからだ。
フォトグラファーには「生まれたばかりのアトムのように撮って下さい」とお願いした。
このシリーズ広告はそのメッセージ性と表現が評価され、日経広告賞の最優秀賞を
受賞することができた。同賞の長い歴史のなかで、 自動車メーカーの受賞は数多いが、
自動車部品メーカーが最優秀賞を受賞するのは初めてのことだった。
同賞は制作者ではなく、広告主が評価される賞であり、授賞式の際、最優秀賞企業の社長が
スピーチするのが慣例となっている。 壇上の高田社長のスピーチを万感の思いで聞き入った。
「タカタの願いは自分たちの製品が活躍しないこと。最高レベルの安全性能が、
無事故のままずっと使われないですむなら、それがいちばんうれしいのです」。
同社の企業スローガンは『安全をつくる仕事』である。
タカタ企業広告:企画制作/ワイデン+ケネディ 東京、グリッツデザイン、名雪ダイレクション
ECD/John C. Jay 、佐藤澄子 CD/神谷幸之助 AD/日高英輝 C/名雪祐平 D/相田俊一 Pr/橋本ゆかり P/岡田初彦
日高英輝 - Artdirector
宮崎県生まれ。グリッツデザイン主宰、アートディレクター。
グラフィックデザインをベースに多領域で活動中。
主な受賞歴、JAGDA新人賞、NYADC銀賞、日経広告賞グランプリなど多数。
WEB: http://gritz.co.jp/
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