風景や花を被写体に作品制作する写真家は数多くいる。しかしこのカテゴリーの写真はアート作品としてのテーマ性を提示するのが非常に難しい。多くの人は、自然法則や歴史を作品に関連付けている。しかし便宜的に引用している場合が多く、そのような作品には見る側がリアリティーを感じない。今回は、風景や花を被写体にアート活動を行っている二人の米国人女性写真家の仕事にフォーカスして、彼女たちが作品テーマをどのように構築しているかをみてみよう。

2018年6月から、テリ・ワイフェンバックとケイト・マクドネルの二人展「Heliotropism」がブリッツで開催されている。同展で、ワイフェンバックは「The May Sun」を、マクドネルは「Lifted and Struck」を展示している。全体のキュレーションはワイフェンバックが担当。作品タイトルの「Heliotropism」は、花・植物や動物が太陽に向かう性質、向日性を意味する。二人のヴィジュアルはかなり違うが、ともに宇宙や自然に畏敬の念をもって創作に取り組んでいる。その内面にある作品モチーフへの同じ方向性に注目して、写真展タイトルが決定されたという。



ⓒ Terri Weifenbach

ワイフェンバックの「The May Sun」は、2017年にIZU PHOTO MUSEUMの展覧会で初公開された、伊豆地方で撮影されたカラーによる風景写真だ。彼女は場所の持つ気配を感じ取って写真表現する事を得意とする。それはオランダ北東部のフローニンゲンで制作された、時代の変遷により歴史から消えた場所の残り香を紡ぎだした「Hidden Sites」(2005年)でも見ることができる。


ⓒ Terri Weifenbach

私は「The May Sun」を見て、彼女は歴史を大きく遡って古の日本人が伊豆の山河に感じた神々しさ、言い変えると八百万の神を表現していると直感した。かつて日本人は山河に神の存在を感じ、それと共に生きるという自然観を持っていた。そのような日本人の美意識である「優美」をワイフェンバックは表現していると感じた。また本作では、自然は神の創造物で人間が支配し管理する、という西洋の考え方に対して疑問符を投げかけているともいえる。


ⓒ Kate MacDonnell

一方、マクドネルの「Lifted and Struck」は、西洋の自然観が反映された作品だといえよう。
彼女は、アニー・ディラードの「ティンカー・クリークのほとりで」(1974年刊)という著作に多大な影響を受けて作品を制作している。タイトルも、同書の一節から引用され付けられている。「ティンカー・クリークのほとりで」は、ネイチャーライティング系の名著と呼ばれており、ヘンリー・デイヴィッド・ソローの「ウォールデン森の生活」(1854年刊)の流れを踏襲しているという。ディラードは20歳の時に一人で森に居を構え、生命の多様性に対する思索を自然の中で行っている。

同書は、1975年にピューリツア章を受賞し、世に広く知られるようになった。ネイチャーライティングは、自然環境と人間との関わりをテーマにしたアメリカで人気の高い文学ジャンル。自然に対する科学的な観察、分析が基本だが、自然環境に関わるパーソナルな哲学的な考えも含むという。

上記の「ウォールデン森の生活」は、写真家エリオット・ポーターが写真集「In Wildness Is the Preservation of the World」(1967年刊)で、その世界観をカラー写真で表現している。マクドネルは、「Lifted and Struck」で、ディラードの「ティンカー・クリークのほとりで」が持つ世界観をヴィジュアルで表現しようとしたのだ。


ⓒ Kate MacDonnell

21世紀のいま、化石燃料を消費して経済成長を続けていく近代の経済モデルは、それが原因とされる急激な気候変動や環境破壊を世界的に引き起こしている。もはやそれが持続不可能だと誰もが感じている。それに対しては様々な対処法が考えられるだろう。マクドネルは「私の写真は日常生活の中にある、宇宙の神秘を探し求めている。宇宙に思いをはせると、私たちは無知で欠点だらけな小さい存在であることを実感する」と語っている。これは写真表現を通して世界の仕組みを理解したいという意味で、西洋の自然観が反映されている。ネイチャーライティング系の思索の先に処方箋を見出そうとしているのだ。


ⓒ Terri Weifenbach

一方で、ワイフェンバックの作品は、伊豆の山河に八百万の神を感じて制作されている。現代人に対して、人間が自然の一部であることをもっと意識しようというメッセージだ。二人の写真を見比べると、マクドネル作品には自然観測の視点が見られる一方で、ワイフェンバック作品はまるで写真で俳句を読んでいるようだ。この写真の違いは、まさに自然観の違いといえるだろう。

しかしワイフェンバックは、単純に日本のかつての美意識を称賛しているのではない。だいたい、現在の日本人は欧米文化の多大な影響を受け、もはや自然との一体感など持ち合わせていない。彼女のメッセージを読み解くヒントは、数多くの写真撮影が行われたクレマチスの丘という場所にあると考える。その広大な美しい庭園は、多くの人によって丁寧な手入れがされて維持されている。

ワイフェンバックは、この地を海外の庭園のような人工的な印象を感じなかったと絶賛している。たぶん、彼女は撮影でこの地と向き合うことで、日本人が自然を一体と感じ、対象化していないことに気付いたのだろう。このような自然への配慮が生まれてくる背景に、今でも日本人の遺伝子に残る古の自然観があると感じたのではないか。今回、マクドネル作品と対比させることで、この地に西洋と日本の自然観の融合の可能性見出したのだと思う。それは、人間と自然との一体化でも対象化でもない、適度なバランス感覚が重要だということだろう。


ⓒ Kate MacDonnell

「Heliotropism」展は、どこにでもある清々しいカラーの風景写真の提示に見えるかもしれない。しかし二人の女性アーティストは、決して夢見るロマンチストではなく、現実を直視するリアリストの視点をもって風景と対峙している。本展は、見る側による様々な見立てが可能で、知的好奇心を満たしてくれ写真展なのだ。アート写真ファンはもちろん、風景写真で自己表現に挑戦している人にとっても必見の写真展だろう。

テリ・ワイフェンバック(Terri Weifenbach)
1957年米国ニューヨーク州、ニューヨーク市出身。現在、ワシントンDC.に在住。
メリーランド大学で絵画を学ぶが、30年以上に渡り写真家として活躍。現在は、ジョージタウン大学で教鞭を執っている。2015年にはグッゲンハイム奨学金を得ている。写真集は「In your dreams」(1997年)、「Hunter Green」(2000年)、「Lana」(2002年)、「Between Maple and Chestnut」(2012年)、ジョン・ゴセージとの共著「Snake Eyes」 (2002年)がある。
作品はクリエイティブ・フォトグラフィー・センター(アリゾナ)、サンタバーバラ美術館などの世界中の美術館でコレクションされている。2017年には、IZU PHOTO MUSEUM(静岡県)で「The May Sun」展を開催。


ケイト・マクドネル(Kate MacDonnell)
1975年米国メリーランド州、アッパー マールボロ出身。大学時代にワシントンD.C.移り住む。
子供のころから両親のサポートで写真を学ぶようになる。ハイスクール時代には、ヴィジュル・アートのカリキュラムの中で、絵画やドローイングと共にモノクロの暗室写真クラスを受講している。1997年、コーコラン・アート・デザイン大学を卒業。自分が理想とするヴィジュアルつくりに写真が適していることに気づき、カラー写真による表現を開始する。2000年代から、様々な研究奨励金を得て創作活動を行い、主にワシントンD.C.やニューヨークのギャラリーや美術館で作品を展示。2013年には、 ワシントンD.C.のシビリアン・アート・プロジェクツ(Civilian Art Projects)で個展「Hidden in the Sky」を開催。本展は初めて彼女の作品を日本で紹介する写真展となる。

「Heliotropism」展
テリ・ワイフェンバック / ケイト・マクドネル
2018年 6月1日(金)~ 8月5日(日)
1:00PM~6:00PM/ 休廊 月・火曜日(本展では日曜も営業) / 入場無料 
ブリッツ・ギャラリー
http://www.blitz-gallery.com