この夏、思い切ってニューヨークに行ってみた。
イギリスに住んでいると旅行はもっぱら近場のヨーロッパ方面が多くなってしまう。激安航空チケットを利用すれば国内旅行の感覚で週末だけでも十分楽しめるし、近くにある国同士でも言葉や文化が違うのでお得な感じがするのだ。それでもどこか似たような感じは否めない。やはりヨーロッパというひとくくりに存在するイギリスはBrexit(英国のヨーロッパ離脱)が現実となった今でもその感覚は変わらない。

個人的な意見ではあるがイギリスやヨーロッパの写真は、歴史、文化、多民族、宗教、など客観的な観点や背景にある状況などを含んだ写真が多く見られると思う。展覧会に行っても写真を見ているのと同じくらいキャプションを読んでいる時間が長い。歴史に詳しくなくても写真を見ながら勉強することができるし、知られていなかった物語を伝えるという報道的な意味合いも多い。

それに比べて今回初めてじっくりと見ることになったニューヨークの写真は個人の意見やパワーを重視している。もちろん、アメリカはヨーロッパに比べて歴史が浅いこともあるかもしれない。個人のアルバムを見ているような、独自の考え方に導かれるような写真が多いように思った。単純に写真自体のパワーだけに引っ張られて作品そのものを見るというのはロンドンとは大きく違う感じがした。

今回はニューヨークを撮影したフォトグラファーを幾つか挙げてみたいと思う。これらのフォトグラファーに関して、私自身、この旅行中に発見したことがとても多かった。

Diane Arbus
ニューヨークのフォトグラファーというと多く人が(特に女性にファンが多いように思う)この人の写真をあげるかもしれない。現地のニューヨーカーにとってもDiane Arbusは特別な存在だという話も聞いた。自ら命を絶ってからもう半世紀以上経つことも驚きだが、年月を経ても劣ることのない写真の力強さに改めてびっくりした。彼女のポートフォリオ「A box of ten photographs」(箱入りのたった10枚の写真をポートフォリオとして使っていた)も素晴らしいが、まだ写真を始めた頃のストリート・フォトグラフィーの展示がとても良かった。ナイーブで人間臭いものにどうしても向かって行ってしまう彼女の感覚が初期の作品からもうかがえて、神妙な気持ちになった。

The Met Breuerにて開催中 2016年11月27日まで


Nan Goldin
社会的にタブーとされていたゲイ、ドラッグクイーン、売春婦、薬物中毒者などの作品を発表しセンセーションを巻き起こした女性フォトグラファー、ナン・ゴールディン。色の濃いカラー写真で陰の世界に生きる人たちを美しく撮影した写真はこの人の人柄がにじみ出ていると思う。おそらくとても人懐っこい、すぐに心を許したくなるような性格ではないだろうかと勝手に想像してしまう。今日のアメリカの大統領戦や世界の政治情勢をみると、民族やセクシャリティーの多様化に対して差別を無くそうという動きと、排他しようという動きの両極端が強い力で働いている。そういった状況の中でこの人の写真が「美しい」作品として見られていることはとても重要だと思う。


© Nan Goldin
「The Ballad of Sexual Dependency」
MoMaにて展覧会開催中 2017年2月まで


Garry Winogrand
私が持っていた「ニューヨーク」のイメージはこのフォトグラファーのストリート・フォトグラフィーによるものが強かった。モノクロで雰囲気のある写真は活気があって、うるさくて、みんなそれぞれ勝手に、感情豊かに大笑いして暮らしている。実際に行ってみて、まさにその通り!だった。何年か前に見た彼のインタビューでは、大きな声を張り上げて怖いおじさんが怒鳴り散らしていた。汚い言葉を繰り返し使って写真論を激しく語っていたバイタリティーは、ニューヨークのストリートを生きている力強さなんだなと体感できた。

Whitney Museum of American Art ,The MET, MOMAなどにて作品が展示されていることが多いです(常備展含む)。

数えたらきりがないほどたくさんのカメラマンがニューヨークを撮っている。Robert Frank、Danny Lyon、Mary Ellen Mark、Annie Leibovitz、いくらでも浮かんでくるだろう。私も実際に行ってみて写真を撮らずにいられないほど魅力的な街であることが十分に伝わった。普段生活している慣れ親しんだヨーロッパを離れることも新鮮だった。また来年もぜひ行ってみたいと思った。