- 2015.02.26
Photographer宇佐美雅浩
東京・市ヶ谷のMizuma Art Galleryで開催中の宇佐美雅浩さん展覧会「Manda-la」が話題だ。
考えられないようなスケールと迫力で、圧倒的なエネルギーを持つ作品を撮り続けている宇佐美さん。
「Manda-la」というタイトルは、作品上に中心人物とその人の世界を表す物や人々を周囲に配置することから、仏教絵画の「曼荼羅」をイメージし、名付けられた。
20年近く続く、ライフワークと言えるほどの作品の数々がどうやって生まれたのか、きっかけから作風の変遷まで話を聞いた。
「Manda-la」シリーズを撮り始めたきっかけから教えてください。
もともと僕は武蔵美の短大に在籍していたのですが、ある時「新宿を撮る」という課題が出たんですね。それで新宿の「ダッカ」という多国籍な人々が来る、バングラデシュ人経営のカレー屋を撮影場所に決めて、モノクロのネガフィルムを使って、定点観測的に人を撮影し始めたんです。
次々に来るお客に声をかけ、「授業の課題でやっているので、作品として撮らせてもらえないですか」と、交渉して撮影していました。
それまで絵やイラストを描いていて、写真は撮ったことがなかったし、大人しいタイプなので人と話すのも上手くなかったんですね。そんな自分が、この課題撮影のためにたくさんの人に声をかけたものだから、結構疲れ切ってしまって(笑)。でもその写真を先生だけでなく、皆が評価してくれた。その時、「もしかしたら自分は写真(撮影)が向いているのかも」って思いましたね。
それがきっかけで4年生大学に編入。大学3年の時に写真の授業を専攻しました。ある時、「被写体は何でもいいので、とにかく4×5で写真を撮ること」という課題が出ました。
知らない人に声をかけるのに疲れていたこともあり、安易に「友達」というテーマで友人(宅)を撮り始めたら、なんかもう部屋が汚くて、ごっちゃごちゃなわけです(笑)。作品が投げ捨ててあったり、コーラの缶が山ほどあったり...。
それをただ撮ってもいいわけですが、なぜかコーラの缶を高く並べてみたり、作品を持ってもらったり。物を並べ替えし、絵を作って撮るのが面白かった。それがきっかけかな。
例えば、友人が寝ているうちに部屋の中のものをかき集めて壁に寄せ集め、本人が起きたらその中心に座らせて撮らせてもらうとか...。
そうこうしているうちに「宇佐美が来ると部屋が大変なことになる」という噂が立ちはじめました(笑)。はじめは楽をしようと思って友人を撮り始めたのが、むしろ真逆の方向に進み、どんどん大変になっていった。でもここまできたら「後戻りできないな」と思い、続けてきました。
「Manda-la」シリーズとして最初に撮り始めたのはどれですか?
展示をした中では1998年の写真が一番古いかな。これは僕がADK(アサツーディ・ケイ)に在籍中に撮った作品です。その当時、僕は営業だったのですが、一緒に働いていた同期の実家の寺に行って撮らせてもらった写真です。彼はADKの社員でありながら、住職の仕事もしていました。まだ当時は撮影の技術力もなにもないので、アイランプを使ってパッと撮っているだけなんですけどね。
あと、気に入っている写真がこれです。
これもADK時代に撮りました。新宿のゴールデン街に飲みに行った時、たまたま席が近くの方に「こんな作品撮っているんです」って写真を見せたら、「男3人で同棲している、面白い人たちがいるから紹介するよ」と言われました。それでどんな人たちかも知らずに、4×5とスタンドとアイランプを持って撮影に行きました。
一人は都庁の公務員、一人はカンフー映画に出ている俳優、もう一人はミュージシャンでした。その方たちの共同ルームです。
3人のコントラストが面白いですね。
自分が営業の仕事をしながら、でも「フォトグラファーになろう」と思っていた時期です。このあたりのシリーズを操上(和美)さんに見せたら「面白いね」と言われて、アシスタントとして働いていた事もありました。この頃から、日本のカルチャーを面白くすくいあげて「写真集にしたい」という希望が漠然と生まれてきて、今日まで撮り進めてきました。
ADKをやめてから、スタジオマン(レンタルスタジオスタッフ)をしている時に覚えたライティングの技術を使って、ピタッと動きを止めるような写真もあります。ストロボを使うと1秒間じっとしなければならないという制限がないから「ストロボっていいな」と(笑)。
写真の中にその人の職業や趣味、生き方などの人生が凝縮して表現されています。
「興味深い人がいる」という噂を聞くとそこを訪ね、「趣味をコレクションした倉庫があるから」と言われたらそこを訪ね(笑)、おもちゃや、色々なものを見せてもらったり、仕事場を訪ねた場合は、自宅も見せていただいたり...。
撮影が決まると、「あれはここにおいて、これはこっちにおいて」と頭の中で絵をイメージして構成していきます。
この頃から、作品の中に「ちゃぶ台」が登場してきます。僕の中で「ちゃぶ台」って、家族(コミュニケーション)の象徴なんですよね。
広告制作の仕事をされていることもあって、演出とドキュメントの間を上手く捉えている気がします。どのようにして、この絵を構築していくのですか。
いや、いつも大変ですよ。やっているうちにみんな不機嫌になっていくし(笑)。何か相手が怒るようなことを考えてやりたくなっちゃうんです。なるべく大胆にやりたいと思って。
怒られて苦しくて、簡単にはできないことをやれた時のほうが、不思議な充実感があるというか...。
その根幹には、とにかく「コミュニケーションをとりながらやる」という面白さと、「他の作家に対する差をどこで出すか」、という意識が常にありました。
当初はよく「誰々の作風に似ているね」と言われ、もやもやしながら制作を続けていました。でも途中から、もっとプランニングをして、もっとコミュニケーションをとって、「絵の中にストーリーを入れていく」ことで、一方的に自分がやらせるというよりは、「参加してもらって一緒に作り上げていく」撮り方に変わっていった。自分流のスタイルが出来てきたように思います。
後は「時間軸」の入れ方というか。写真って、すごく刹那的な表現じゃないですか。それが本来面白いわけですが、僕の場合は、撮る相手と一緒に作り込んでいくプロセスが次第に長くなってきた。その結果、「時間の長さ」を感じるような写真が撮れるようになってきたんです。
実際に、一つの写真制作に平均2年くらいかかっていますし、京都においては色々な交渉をするのに、7年かかってようやく撮れましたから。1枚の中に閉じ込める時間の長さが、他の方の写真とは違う点かなと思っています。
その土地にたどり着いて、その土地の問題を聞いて、「町の中心人物の考え方だったり、社会背景なりをストーリーに落とし込んでいく」という方法によって、「個の面白さ」から「ソーシャルなメッセージ性」に写真が変遷してきました。
写真は、それを伝えるための表現方法ということでしょうか。
写真の枠にとらわれるのがすごく嫌で。もともと絵を描いていたし、絵を生業にしようと目指していましたから。
他の芸術に比べると、写真って弱いメディアだと思っていました。他の表現にどうやって対抗していくか、それをずっと考えていましたね。
広島の原爆や、福島の原発、今取り組んでいる沖縄の米軍基地移転問題等、今までアートの文脈の中で、このような問題提起をして、写真家と地元の被写体が共同で作り上げていく作風はあまりないと思うので、これで戦えるんじゃないかと。自分のスタイルになってきたと思っています。
宇佐美さんの中で東日本大震災は、どういう意味があったのですか。
3.11によって、僕だけじゃなくて日本全体の価値観が変わったと思うんです。最近は少し戻って来ちゃいましたが...。この作品は、防護服を来て花見を楽しむ地元の人々です。
震災前後に『プレジデント』という雑誌で連載の撮影をしていて.経済界の方々や、ジャーナリストと会う機会がありました。その方々の多くが原発推進派なんです。自分は原発反対でも賛成でもないのですが、日本を引っ張る方々が横並びで推進でいいのかな?と思っていました。
その後しばらくして東北に通うようになり、経済優先で考えている方と、地元の方の考えが必ずしも同じではないということがわかってきました。自分はこのシリーズを通じて、日本に今起こっているネガティブな問題も、ポジティブな問題も含めて撮ることが、写真で訴える意義があるのではないかと感じています。
これは震災で打ち上げられた気仙沼の、共徳丸の近くで撮影したものです。壊される1週間に交渉して、解体2日前に撮影しました。
中心に写っている伊藤さんという方が、流された大漁旗を約400枚回収し、洗って保存されていて、それを使わせていただきました。
被害が大きかったこの場所を、「美しいもので未来を染め上げる」というコンセプトで撮りましょう、と話をして、獅子舞ではなく虎舞だったり、天旗だったり、大漁を祝う漁師を迎い入れる歌を唄う方々だったり、ここで生まれたばかりの赤ちゃんとか。そういうものをたくさん入れて撮影しました。
このあと船は解体されましたから、もう2度と撮れません。
すごいとしか、言いようがない写真です。
ありがとうございます。撮影に関わるスタッフみんながこの写真に賭けてくれているんですよね。そして自分にとっての「賭け」でもあります。
シリーズの制作途中から、メッセージ性や社会性がどんどん強くなってきていますね。
そうですね。今回の展示には間に合わなかったのですが、まだ撮影が出来ていない沖縄から北海道までを入れた写真集を制作しようと考えています。
この作品の中心にいる彼は、年商約60億円を稼ぐ株式会社K-BOOKS代表取締役会長の大塚健さんです。筋ジストロフィーなので、介護タクシーを横に待機して、撮影しています。もちろん撮影場所の許可は取っています。
フィルムで撮影されているそうですね。
はい、すべて4×5のポジフィルムで撮っています。
一発撮りというだけでも大変なのに、ポジだと露出もシビアですよね。
今の時代、「合成ですか?」と聞かれることも多いですが・・。プリントに関しては、ポジをスキャニングして焼き込みや覆い焼きをするぐらいです。
このシリーズを見せると、みなさん合成だと思うようで「一発撮り」だという話をすると、「ええっ〜」「ホントですか!」って、じっくり二度見してくれます。
こちらもすごいコントラストですね(笑)。
親は茶道が趣味の高校教師で、美術部の顧問をしている人で、娘がコスプレーヤーです。
作品はすべてノンフィクションです。それぞれの生活環境や事実、問題点、興味深い所を抽出し、詰め込んでいきます。ここまでいくとほぼ「嘘でしょ」という世界ですよね。でも事実です。娘さんのコスプレのイベントにも何度も足を運びましたし、お茶の会にも参加しました。そうやって状況をつかんでから、説得していきました。
これを撮り終えた時点で今まで他の方の写真と似てると言われた部分が解決し「抜けたな」と感じましたね。
こちらは銭湯ですね。
妻の実家です。もう無くなっちゃいましたけどね。普通はこのアングルでは撮れないですね。外国の人は、あまり見たことがないでしょうから、珍しいのではないでしょうか。
世界遺産の「東寺」で撮りました。「神仏一体」がテーマです。東寺の中に神輿を入れて。もともと空海が建立したお寺ですし、空海が持ってきた有名な曼荼羅もここにあります。撮影ではそれを複写したものを使っています。
空海が森の中をさまよっているうちに、伏見稲荷の神様に会って「君は仏の道を極めなさい」「私は神の道を極めます」と約束をしたといういわれがあるそうです。その後、空海が東寺を作ったときに伏見稲荷の神が訪ねてきて、それを迎え入れたという話が絵巻物として残っています。
実際に今でも、東寺の僧侶たちが伏見稲荷の宮司たちを迎え入れるという行事があります。この事実をベースにして制作しました。もちろん舞妓さんも本物です。
もともと仲のよかった広島出身の友人がいるのですが、僕がこういうことをやりたいと話したら、結構激怒されて...。あれほど優しい友人が「被爆の話になるとここまで変わるのか」ということに驚いて、その根っこの部分から話し合いをしました。
撮影時79歳だった林さんに、被爆体験の話を詳しく聞きました。この作品は、「家族で食事をしていたら、原爆が落ちた」ところを再現しています。黒い部分は死体の山です。右側は過去、左側は現在と未来です。原爆が落ちた場所には75年は草木も生えないと言われていたそうですが、一ヵ月後にカンナの花が咲いて、みんなの心の希望になったというエピソードを聞きました。それで、撮影でもカンナを使っています。
広島カープも復興の象徴です。マスコットキャラクターの「スラィリー」も、来てくれました。また「命をつないでいく」という意味で、お年寄りから子供まで、4世代がこの中に写っています。
この撮影だけで、概ね500人のスタッフ、ボランティアが関わっています。役所への説明、撮影許可も必要でしたし、本当に大変な撮影でした。
宇佐美さんが描いたイメージカンプ。これを見せながら撮影交渉を進めるそう。
広島で撮影中の宇佐美さん。
大判フィルムカメラでの一発撮りなので、多くの参加者の協力が不可欠。
宇佐美さんの描くイメージ画がすごく緻密で驚きました。
ありがとうございます。
最近はこうやって絵を描いて、それを見せて交渉します。それでもうまくいかない事もあります。予算がないから、こういう誠意を見せて、協力していただく作戦です。
後は4年越しで交渉している「沖縄」を是非撮影して、写真集を制作したいと思っています。
宇佐美雅浩写真展「Manda-la」
ミヅマアートギャラリー
2015年2月13日〜2015年2月28日
詳細
http://old.shooting-mag.jp/news/exhibition/00909.html
宇佐美雅浩 Photographer
1972年 千葉県生まれ。
1997年 武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科卒業。
1997年 ASATSU-DK入社。
2001年 ASATSU-DK退社。スタジオ109入社。
2004年 フリー。現在に至る。
http://www.usamim.com/
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