いつ頃から映像の世界を目指し始めたのですか。

実は「これがきっかけです」というものがないんです。高1か高2くらいのときに、ふと「映像をやろう」と思いました。それまではサッカーに夢中で、サッカー選手になりたかったんです。でもレベルの高い人たちに会って、自分には難しいと思い諦めました。

はじめて映画館で観た映画が『Back to the Future Part III』なのですが、その映画に出てくるドクという博士が大好きで、サッカー選手の前は「発明家になりたい」と言っていました。サッカーを諦めたときに『Back to the Future』を思い出したんです。自分の中に撒かれていた種を思い出したというのかな。それでよくよく考えてみたら、ドクが好きだったというよりも、映画自体が好きだったのかなという考えにたどり着きました。

それで、もともと物をつくったり絵を描いたりすることが好きだったので、大阪芸術大学の映像学科に進学しようと考えました。芸大に入るためには絵が上手くないとダメかなと思い、部活後に週2回ほどアトリエに通ってデッサンなどを教わっていました。


柘植泰人さん。

大学で印象に残っている講義はありますか。

映像は好きだったのですが授業は面白く感じられず、在学途中から出たい授業だけ選んで出席するようなちょっとひねくれた学生でした(苦笑)。結局、バイトや友達と遊ぶほうが楽しくなってしまって、2年生の終わりに中退し、愛知にある実家に戻ってバイトをしていました。映像にまったく関係のないバイトです。でも映像をやめるつもりはなかったので、「このまま映像から離れてしまいたくない」と思い、名古屋にある俳優養成所に通い始めました。

なぜか親がすすめてきたんです。心配してくれていたんでしょうね。演技の指導方法を知ることでディレクションに役立つかもしれないと思い、俳優養成所に通うことにしました。結局2年ほどレッスンとバイトの生活が続き、「この先どうしようかな」と悩み始めたときに、幼なじみから「東京で会社を立ち上げたんだけど映像もやりたいと思っている。映像を勉強していたのなら、上京して一緒にやらないか」と誘いを受けました。

ただ、会社として映像関連の仕事の実績があったわけではなかったですし、僕自身も大学の授業にちゃんと出席していなかったからカメラの使い方も知らなかったので、映像の仕事がバンバン入るわけもなく、上京してもバイトばかりしていました。


宇多田ヒカル「真夏の通り雨」MVより。

その状況が変わったのはいつ頃ですか。

最初はコンビニや引っ越しなどのバイトをしていましたが、「映像から離れていていいのか」と危機感を感じて、ブライダル撮影のバイトをすることにしました。ブライダル撮影をしている会社とカメラマン契約をし、週末に撮影をして平日に編集をする、ということをやり始めて、そこではじめてカメラの使い方を覚えました(笑)。

やっとですね(笑)。会社の仕事はどうでしたか。

店頭で流す映像の仕事やWEBムービーなどの仕事が入るようになり、その映像制作を担当していました。でもそれだけでは生活できなかったので、ブライダル撮影のバイトを続けながらでした。そんな感じの生活が続いたので、「一度、地元に戻ろうか」と思った時期もありました。地元でちゃんと就職しようかなと。 そんなふうに迷っていたときに、幼なじみが新たにWEB制作会社を立ち上げたんです。「WEBの会社だけど映像ができる人がいたほうがいいから、社員にならないか」と誘ってもらい、即決しました。

ナイスタイミングですね。

はい(笑)。入社した2009年頃からネット中継ブームの波がきていて、Ustreamが流行り始めていました。「映像ができる人がいるんでしょう? WEBと映像ができるならUstreamもできるんじゃない?」という感じで、徐々にUstreamの仕事が入ってくるようになりました。でも、そのときはまだ日本でUstreamをやっている人がほとんどいなくて、日本語のリファレンスもなかったんです。仕方がないから英語のリファレンスで適当にやってみたら、案の定まったくできなくて(苦笑)。それでもUstreamの仕事が結構きたんですよね。

企業のイベントなどを生中継する仕事が多かったのですが、何台もカメラをつなげて大規模にUstreamをしていたから、時代の追い風に乗れたような感覚はありました。でもやっていることは映像制作ではなかったので、「自分は何をやっているんだろう」と考えることもありましたね。不安と葛藤を抱え始めたときに、「キヤノンEOS 5D Mark IIの動画がすごい」という噂を耳にしたんです。


宇多田ヒカル「真夏の通り雨」MVより。

EOS 5D Mark IIの印象を教えてください。

当初は「EOS 5D Mark IIでUstreamをやったらきれいなんじゃないかな」と思って購入したのですが、せっかく買ったのだから何か撮ってみようと思い、遊びに行った先でまわしてみました。「これはすごい!」と思いましたね。映像をつないで、適当な曲をあててみたら「何かいいな」って。それでEOS 5D Mark IIで映像作品をつくり始めました。

最初の作品は何ですか。

「江ノ島」で撮りました。正直にいうと、最初は「作品として」とか「仕事のプロモーション用に」と真剣な感じではなくて、遊びに行ったついでに撮った映像を編集しておけば、「いいことがあるかもしれない」くらいのノリで撮っていました。

映像作品として完成した「江ノ島」を社内で見せたら、「草津も撮ってきてよ」ということになり、草津まで撮りに行くことになりました。この作品を機に企業からのPR映像の仕事依頼が増えていったんです。

でもサイトに上げた当初はあまり反応がありませんでした。知り合いの人に見せて、「いいね、こんな感じでうちの映像もつくってよ」と依頼されることはありましたが、知り合いの範囲内でという感じでした。

サイトに上げて1年ほど経ってから、あるブロガーの方が「この旅シリーズ、いいよ」と記事にまとめてくれたことで、自分の想像を超える反響をいただくようになりました。1作品だけで終わらせず、仕事の合間につくり続けてよかったなと思いました。浅いピントできれいな映像が撮れるEOS 5D Mark IIに出会わなかったら、今頃地元に帰っていたと思います。


宇多田ヒカル「真夏の通り雨」MVより。

柘植さんの作品は映像なのに、写真を見ている感じに近い印象を受けます。
宇多田ヒカルさんの『真夏の通り雨』のMVも、映像というより写真が動いているような印象を受けました。

『真夏の通り雨』では、まさにそういったことを企画書に書きました。ストーリーはなく、写真家がどこかを旅して撮ってきたスナップを並べた感じの映像になります、と。


宇多田ヒカル「真夏の通り雨」(short Version)
宇多田ヒカル「真夏の通り雨」(Full Version)はiTunesから購入可能。
Director+Cam+Edit: Yasuhito Tsuge
Producer: Akiko Kawasaki, Shota Yamada
Assistant Camera: Soh Ideuchi
Production Assistant: Hanami Yamamoto
Colorist: Yasutaka Ishihara
Flame editor: Masashi Hosoda
Production: november, Inc.

普段から気になったものを撮りためているのですか。

いえ、普段は撮りません。仕事の映像はすべて撮り下ろしです。企画によって自分が撮ることもあれば、専門のカメラマンにお願いすることもあります。『真夏の通り雨』のMVは自分が撮るべきだと思ったのでまわしましたが、自分の領域はあくまでも「監督」だと思っています。

撮影場所はどのように決めたのですか。

僕のところに楽曲が届いたのは撮影直前のことでした。打ち合わせのときに1度だけデモを聴かせてもらったのですが、守秘義務で持ち帰ることができず、打ち合わせ時のイメージだけで撮りに行く場所をだいたい決めました。

あと、旅シリーズの中に「美濃」という作品があるのですが、レコード会社の方がその作品を気に入ってくれていて、「こういう感じのMVにしたい」というオファーだったので、イメージのヒントというのはありました。


日東光学株式会社「NITTOH Brand Movie」
Director: Yasuhito Tsuge
Producer: Tadashi Bise(TSUMUGU BROTHERS)
DOP: Masato Indo
Editor: Yoshitaka Honda
Mixer: Syuji Komaki
Music: Yosi Horikawa
Production: augment5 Inc.

日東光学とGLOBAL WORKの映像もすごく良かったです。

ありがとうございます! GLOBAL WORKは旅シリーズを見た制作会社のプロデューサーが声をかけてくれて、はじめてつくることになったTVCMなので、すごく思い入れがあります。しかも、このCMも結構自由にやらせてもらえたんです。

GLOBAL WORKのCMを受ける前から、旅シリーズを見た方から「こういう感じで」と依頼されるようになっていたのですが、仕事なので「この建物を必ず入れること」というような制約がどうしても出てきます。でも、その建物を良いと思っていないのに入れてしまうと、どうしてもうまくいかなくなってしまうんです。そういうことが続いていたので、僕がやりたいことを尊重してくれたGLOBAL WORKのCM制作は楽しかったですし、関係者の方たちには感謝の気持ちでいっぱいです。


GLOBAL WORK「2014 出会い篇」
Creative director : Hiroyuki Komatsu
Art director : Masaya Kihara
Producer : Yasuhiro Kawasaki
Production manager : Hirotaka Sato
Director : Yasuhito Tsuge
DOP : Hiroki Shioya
Hair&makeup : Tomita Sato, Yusuke Kawakita
Stylist : Junko Kobayashi, Makiko Miura
Production: ROBOT


「柘植さんのテイストでやりたい」というオファーがあると、映像作品をつくっていて本当によかったなと思います。もし作品がなかったら、職業ディレクターのようになってしまっていたかもしれません。今後も、もっともっとつくっていきたいです。



GLOBAL WORK「2015AW"ESCAPE"SPECIAL MOVIE」
Creative director : Hiroyuki Komatsu
Art director : Masaya Kihara
Producer : Yasuhiro Kawasaki
Production manager: Mutsumi Hayashida
Director : Yasuhito Tsuge
DOP : Hiroki Shioya
Hair&makeup : Seiji Kamikawa, Yusuke Kawakita
Stylist : Junko Kobayashi, Makiko Miura
Production: ROBOT

柘植さんの映像はどれも琴線に触れるものばかりで、懐かしさや切なさを感じます。映像をつくる上で大切にされていることはありますか。

写真家のハービー山口さんがご自身の本に「写真は写真家自身が写っている」と書かれていました。「相手を通して自分を撮っているのだ」と。「撮っている人が嘘をついてしまったら、撮れたものが嘘っぽいものになってしまう」と。読んだときに「すごくいいな」と思いました。

旅シリーズに関して言うと、「日本の良さを伝えたい」とか「この土地の良さを伝えたい」という気持ちはまったくないんです。それよりも、映像を通して「僕が見ている世界は素晴らしいんだ」と自分自身が思いたい。

「この世界は素晴らしいですよ」ではなくて、ただ単純に「僕が生きている世界は美しいんだ」と自分が思いたいだけなんです。旅シリーズは一貫してそういう気持ちで撮っています。だから場所にこだわりはなくて、どの場所に行ってもそこが美しいと思える自分でいたいと思っています。

旅シリーズは「作品」というカテゴリーになりますか。

旅シリーズをつくり始めて、最初は僕自身も「これは一体何なんだろう」と思っていました。つくったはいいけど何のカテゴリーに入るのかと。写真家の方のWEBサイトを見ると、CMや広告、雑誌といったカテゴリーのほかに、「作品」というカテゴリーがありますよね。コンセプトがある場合もあれば、ない場合もあって、ただ良いと思ったものを写真に撮って並べている。それを映像でやってもいいんじゃないかと思いました。

映像は関わる人数が多いし、お金もかかってくるので簡単に完成させられない面があります。だから、写真家にとっての作品のような位置付けの映像作品をつくることが難しかった。でもきれいな映像が撮れる一眼レフカメラが出てきて、編集もひとりで行えるようになったので、映像をやっている人にも「作品」があっていいと思うんですよね。

映像編集する上で大切にしていることや難しく感じることはありますか。

「この世界、いいなあ」と思った気持ちを、映像を見る人に同じように感じてもらうためにはどうしたらいいのかと考えながら編集作業をしています。実は、そこが一番難しいところなんです。カットの長さや順番、見せるタイミングなどによって見え方、感じ方が変わるので、撮った場所で感じた気持ちを再現するのが本当に難しい。パズルを何度も繰り返しながら完成させています。

最近の仕事を教えてください。

いろいろとさせてもらっているのですが、能登半島にある和倉温泉の旅館「多田屋」が「能登の魅力を伝えたい」という思いで始めたプロジェクト「のとつづり」(http://tadaya.net/nototsuduri/)で、動画制作を担当しました。

これも旅シリーズをきっかけにいただいた仕事なのですが、 僕の中では旅シリーズのようなものを仕事でやることに限界を感じていて、「同じようなものはやりたくない」と思っていました。 その考えを多田屋の方や制作会社サイドに正直に伝えた上で、多田屋の方の「のとつづり」に対する思いを大切にしながら違った表現にチャレンジしています。

僕のことを信じて自由にやらせてくれたことがとても嬉しかったですし、おかげで「どれだけ被写体(その土地や人)を好きになれるか、愛おしく思えるかが大切なんだ」というシンプルな答えに気づくことができました。大好きな映像です。


のとつづり「白米千枚田」
Creative Director: Takashi Kamada (spfdesign)
Producer: Shota Yamada
Director+Cam: Yasuhito Tsuge
Assistant Camera+Edit: Soh Ideuchi
Production Assistant: Akari Sugawara (spfdesign)
MA: Hanami Yamamoto
Music: Ayako Taniguchi
Production: november, Inc.

今後の目標を教えてください。

昨年末に、仲間とnovember, Inc.という映像関連の会社を立ち上げました。そこでも、仕事と作品づくりをバランス良くやっていきたいと思っています。下積み経験がない自分にとってCM制作から学ぶことは非常に多いです。それぞれのプロフェッショナルの仕事ぶりを見ているだけで良い刺激を受けます。CM制作で得たものを作品に活かし、その作品を通してまた別の仕事につなげていく。そんなふうに仕事と作品のバランスがとれていくといいなと思っています。

あと、映像作家として作品をお金に変えていきたいです。写真の世界ではそういったシステムがありますが、映像だと個人の作品を買ってもらうようなことがありません。自由に映像作品を発信できる時代だからこそ、新しい映像の形を模索していきたいです。