『Manda-la in Cyprus』を制作することになったきっかけを教えてください。

EUに「欧州文化首都」という制度があります。これは、加盟国のなかから毎年2都市を文化首都に選び、1年を通じて芸術・文化に関するイベントを開催することで相互理解を深めることを目的としています。 2017年に欧州文化首都に選ばれた都市の一つがキプロスの街、パフォスでした。その「PAFOS2017」というイベントに招致されたことが制作のきっかけです。

なぜ宇佐美さんが選ばれたのでしょう?

日本とEUのアーティストの助成と交流を目的とする基金・EUジャパンフェストと仕事をしているキュレーターの菊田樹子さんの推薦がきっかけで。彼女が推薦した複数のアーティストのなかで僕が選ばれたという流れです。

『Manda-la in Cyprus』の制作意図を教えてください。

ギリシャ正教徒であるギリシャ系キプロス人と、イスラム教徒であるトルコ系キプロス人。両地域の人々が分断されている現状と、過去の歴史を乗り越え未来を作ろうと模索している姿は、キプロスに限らない、全世界の状況や西側諸国とイスラム諸国の問題ともリンクします。キプロスは小さな国ですが、ここで撮ることで、世界中の人々が共感し、何かを考えるきっかけとなる作品を写真で作れないかと考えたんです。

制作期間はどれくらいですか?

2016年末からおよそ1年。そのうち半年は現地で制作していました。

作品を作るにあたって、まずはリサーチをし、それを元にコンセプトシートと緻密なイメージスケッチを描き、周囲と折衝を重ねて1枚の写真を作り上げるのが宇佐美さんのスタイルだと思うのですが、今回も同様のプロセスで撮影を?

そうです。キプロスはグリーンラインを挟んで南と北の2つの地域に分断されていて、リサーチの段階ではこの問題を解決するための交渉が両当局で進んでいた時期だったんです。まずはそこに興味を持ちました。そこでどのような写真を撮るのか、キプロスの人々と対話をするなかで構想を固めていきました。


Mizuma Art Gallery『Manda-la in Cyprus』展示風景。撮影:宇佐美雅浩

まずはメイン写真が中心にあって、さらにキプロスの南側と北側の地域を対比させた写真、LGBTやサッカーチームをテーマにした写真など。それに加えて、南北のボーダーを自由に行き来する猫を撮った写真があるというのが作品全体の構造です。

マンダラ・イン・キプロス 2017年

分断された両地域の子供と兵士たちが花を並べ、一つになった未来のキプロスの地図を作っている。ドラム缶で再現された南北を隔てるグリーンライン(境界線)で隔てられたギリシャ系、トルコ系の人々のポーズは、それぞれ互いの宗教(ギリシャ正教・イスラム教)の平和への祈りを表している。



マリア・パパドブル・ニコライドゥ 北側、ヤルーサ/イェニ・エレンキョイ 2017

ハイリエ・オイマジ 南側、アンドロリク 2017

現在は北側に住んでいるトルコ系キプロス人のハイリエ・オマジさんとその家族が分断前に住んでいた南側の村に戻った姿を撮影。手前はキプロスの代表的な食材、ハルミチーズをハイリエさんの親族が作る様子。一方は、現在南側で生活しているギリシャ系キプロス人のマリア・パパドブル・ニコライドゥさんが分断前に住んでいた北側の村に戻った姿を撮影。バックの建物は彼女が昔働いていたタバコ工場。


猫 #3 北側 2017


猫 #3 南側 2017
人間が政治的な思惑から作った南北の境界線(ドラム缶)であっても、猫は自由気ままに行き来する。

なるほど。これらを展示空間に配置することで、会場そのものが今のキプロスを映し出す立体的なマンダラになるわけですね。メイキングのムービーを拝見したところ、英語でコンセプトシートを書いていたようですね。

そうです。今回は日本で制作する時より大まかなコンセプトシートを英語で書きました。キプロスの南北それぞれの地域のスタッフや現地のオーガナイザー、日本のスタッフなど全員とやりとりしなければなりませんから。それをネット上で共有できるようにして、そのつど僕が更新していく形式をとりました。基本的なコミュニケーションは英語です。

初めての海外でこの規模のプロジェクトですから、いろいろと大変だったでしょう。

そうですね。ギリシャ語圏にトルコ語圏、異なる宗教者、さらには国連まで介入する地域でこのスケールですから、英語すら大してできない僕にとっては本当に大変でした。

現地で仕切るプロデューサーがいて、宇佐美さんの指示でその下のスタッフが動くようなチームでの制作ですよね。

プロジェクトが始まる前は僕もそんなふうに想像していたんですけれど、そんなこともなくて。

どういうことですか?

現地のオーガナイザーが途中でいなくなったり、契約書も交わして、その組織から本来は受けることができたはずのサポートが受けられなかったり。にもかかわらず、助成された制作予算はその組織に握られていたりと、予想外のトラブルが続いたんですよ。プロジェクトにはリサーチ、作品制作、展示、カタログ制作と4つのフェーズがあるんですが「制作フェーズはサポートしない」と言われてしまって。


日本でなら通常ありえない状況ですね。

でも、諦めたくなかったから、キプロス在住の日本人の方に協力者の紹介をお願いすることから始めました。1度目の滞在でリサーチをして、2度目の滞在は南側と北側各々でサポートしてくれるスタッフを探すことで終わりました。

察するに、普段日本でやっている個人プロジェクトと同様に、宇佐美さん自身が全部をやらないとならなかった?

そうですね。「責任者は誰だ」という話にもなりました。「僕だ」と言っても、現地にオーガナイザーがいるので信じてもらえなかったり。なかなか大変でしたよ。

日本側キュレーターの菊田さんも「宇佐美くん、もうやめよう。こんな状況下での制作は無理」とおっしゃっていたと聞きました。

制作予定期間の最終日から2週間前の段階で、北の地域で撮影するイメージが残っているのに、北側のスタッフがいなくなって、南側のスタッフも北には行かないって言い出したことがあったんです。その時は「今年は無理。借金してもいいから北側のプロモーターを雇って来年やろうか?」と悩みました。そんなワラをもすがりたい時に、優秀で志もある現地の協力者が集まり出して、なんとか作り上げることができた感じです。

やはり、政治的な事情があるのでしょうか?

それだけとは言えないのですが、モデルになってくださる方がなかなか見つからなかった理由はそこです。現地人スタッフが協力者を探そうとしても「政治的な内容を含んでいるのでみんな嫌だと言う」って。



フィルムから中判デジタルにシステムチェンジした理由



最大1億画素の機種まである「フェーズワンXFカメラシステム」。


『Manda-la in Cyprus』の制作にはPhase One IQ2 80MP(8000万画素)を使っていますね。それまでの4×5のフィルムカメラとカラーポジフィルムのシステムをフルデジタルに変えたのはなぜですか?


1つはX線検査の関係です。海外での撮影では避けられなくて、それが一番大きいです。もう1つは4×5のポラがなくなったことですね。僕の作品の場合、テストができないのは厳しいですから。

デジタルに移行したことで気づいたことはありますか?

デジタルよりフィルムのほうが、撮影時に偶然性のようなものが作用しやすい気がします。特に4×5の場合は撮る瞬間が見えないから、予期せぬものが写る面白みがありますね。 それと、フィルムは撮影した証拠が物として残るし、プリントに起こす時が楽。そのままで調整の取れた色がありますから。

デジタルは1つのRAWデータから無限のパターンを作れるから、自分にとってベストなトーンを厳密に作るのに時間がかかります。デジタル特有のヌメッとした感じでなく、フィルムに近い調子に持っていくのが大変でした。 あとは解像度の問題。8000万画素とは言っても、4×5のフィルムのほうが情報量が多く、解像度が高いんですよ。

デジタルのメリットは?

基本的にアシスタントがいらないことでしょうか。海外ロケの場合、予算の面で特にこの部分が大きいです。ピントの確認がその場でできるのもいいですね。4×5とフィルムではそうはいきませんから。


Manda-la in Cyprus 撮影ドキュメント(スクリーンショット) 制作:株式会社秋葉機関

PhaseOne IQ2 80MPは、現在主流のCMOSではなくCCDですね。

CMOSのほうが進化が速く、高感度域に強いんですけれど、CCDには撮ったイメージの立体感が抜群という強みがあって、低感度域、特にISO35で撮った場合はCMOSよりも美しいんです。だから僕はISO 35で撮っています。 当然ブレやすくはなりますが、広角なので絞りが開き気味でもピントは合いますし、モニターで確認ができます。

展示会場のミヅマアートギャラリーでは、中央のメインイメージのそばに、鉛筆で描かれたドローイングが展示されています。それが、当初宇佐美さんが撮影しようと考えていたイメージなんですね。



そうです。北側と南側それぞれで育ったキプロス人の間にできたハーフの赤ちゃんを中心に、ドラム缶で隔てられたギリシャ正教徒の人(南、ギリシャ系キプロス人)とイスラム教徒(北、トルコ系キプロス人)、その他現地のマイナーな宗教の指導者、さらにはバッファゾーンに展開する国連の軍隊にも入ってもらうという構想でした。

でも、実際の写真は想定とは大幅に異なったものになりました。

撮影場所は当初予定していたバッファゾーンじゃないし人も少ない。想定とは全然違います。 もちろん、想定に近づけるように合成することもできますよ。でも、そんなことをしても面白くないし意味がない。現場に身を投じて全力で作った結果、この写真になった。現実的にできあがったイメージと想定したイメージの差にこそ、自分の作品制作の意義を感じているんです。

2015年に『Manda-la』についてお話をうかがった際に「ゴールとして想定したイメージを作ることも大事だけれど、その当事者たちの中に入って現実のやりとりのなかから生まれたイメージを社会に提示することが自分のスタイル」と言っていましたね。

そこにこそ意味があると思っているんですよ。現場に行ってそこの人たちと一緒に作り上げることに最大の重点を置いているんです。現代美術でいう「リレーショナルアート」ですね。

そのメディウムが写真というのがいいですね。ドローイングやCGなら簡単なのに。

そこが、僕が写真をやっていることの一番の意味ですね。

宇佐美さんの面白いところは、コンテンポラリーアートの世界で注目されながらも、写真でしかできない表現を追求している。コンテンポラリーアートの世界に進出しようとする写真家はいます。でも、多くは写真の領域から逸脱してそこに取り込まれてしまう。一方で宇佐美さんは写真の領域内に留まりながら、コンテンポラリーアートの領域と行き来している。

その線はずっと押さえる。外さないで、今後もやり続けますよ。

まとめ・最後に

筆者が宇佐美さんのことを知ったのは2015年、デビュー作である『Manda-la』の発表に合わせて、ある写真専門メディアの依頼で取材したことがきっかけだった。

その時に感じたのは「マンダラ」というフォーマットを使うことで生じる宇佐美作品の普遍性の高さとスケール感、そして、写真から伝わる、制作に投入された熱量の大きさだ。

20年以上前に、友人知人の部屋を舞台に一個人の人生の物語を1枚の写真で表現することから始まった『Manda-la』プロジェクトは、時を経て「アイヌ」や「真言密教」といった、日本を構成するコミュニティーの物語へと広がりを見せ、さらには「フクシマ」「ヒロシマ」といった日本人全体の物語へと発展した。


早志百合子 広島 2014 タイプCプリント

そして『Manda-la in Cyprus』によって、宇佐美作品は「世界の物語」へと拡張する。その視線が日本という一地域の境界を超えたという意味で、『Manda-la in Cyprus』は、今後宇佐美さんのキャリアを語る上で大きなターニングポイントになると予想できる。

中東およびヨーロッパの難民問題、朝鮮半島の問題、グローバル経済の浸透により各国で深刻さを増す貧富の格差の問題等々、世界はいま分断、分裂の危機に瀕している。

にもかかわらず、政治に期待はできず、経済は機能せず、言論は語る言葉を持たないこの情勢下において、アート、写真の役割は、私たちの目の前に広がる世界の有り様を認識、把握し、これまでのマインドセットを変えるのに必要な新たな視点と、今後進むべきビジョンを提示することなのだと筆者は考えている。

その、とてつもなく負荷の高い作業に、写真というメディウムの持つポテンシャルを最大限に生かし、持ちうるリソースを投入して愚直に取り組む宇佐美雅浩という写真家は、いままさに時代に求められているのではないだろうか。

今回の作品展は、そんな宇佐美さんのいまを知るための絶好の機会だ。





展示情報

宇佐美雅浩展『Manda-la in Cyprus』
期間:2018年2月21日〜3月24日
開館時間: 11:00〜19:00
休廊日:日曜、月曜、祝日
会場:ミヅマアートギャラリー
東京都新宿区市谷田町3-13 神楽ビル2F
TEL:03-3268-2500
http://mizuma-art.co.jp