- 2012.06.06
アートディレクター千原徹也
「ファッション」をベースに平面から、Web、空間まで
アートディレクションの範囲を広げて活動している千原徹也。
そんな彼の原点、大阪時代からディレクションについての考え方までを聞いた。
まず、デザインに興味を持つようになったきっかけを教えてください。
- ▲千原徹也氏
僕は大阪&京都育ちですが、関西にいる時も、特にデザインの学校へ通っていたわけではないんです。普通の大学に通っていて、デザインの仕事にも興味はありませんでした。特に何がやりたいということもなく、ものすごく普通(笑)。 学生の頃は昔の映画のリバイバルブームで、ゴダールやアートっぽい映画が流行っていて、時間がある学生時代にそういのをよく観ていました。それで何となく、映画の道に行きたい気持ちはありました。
映像系だったんですね。
そうです。「映画関係の仕事をしたいなあ」くらいです。大阪の中之島に家具を販売する「graf bld.(グラフビル)」というのがあったんですけど、そこの階段の踊り場に、ガラスで区切られた小さな店舗があったんですね。古本屋さんなんですけど。そこによく通っていました。
その書店に、アートやデザイン、映画のヴィンテージ本が色々と置いてあって、毎日通っていました。映画好きだった自分が、グラフィックデザインと繋がったのは、映画のタイトルデザインの第一人者と言われているソウル・バスというデザイナーを知ったから。彼の本をそこで買って、漠然と「映画のオープニングタイトルとかポスターが作れるといいなあ」と考えていました。
具体的にどのように動かれたのですか。
- Photo:koho kotake
知り合いにコピーライターがいたのですが、その人に「デザインの仕事をするにはどうしたらいいか」を相談しました。たまたま大阪にADの板倉忠則さんの事務所があって、(海遊館のロゴを作られた方)、その人の事務所を訪ねたら「明日から来て」って言われた(笑)。そこからです。デザインの経歴が始まったのは。Macも何も使えない状況でしたけど、とりあえず雑用でも何でもやりました。
バイトだったので、1年程で辞めたのですが、そこから大阪の電通系列のプロダクションに入って5年程仕事をしました。マスっぽいものを作っていましたが、ほとんどがマクドナルドの広告でした。チラシでしたけど(笑)。
チラシのクーポンとかのデザインって、大変なんですよ。各店舗の希望がバラバラで(笑)。「この店にはこのメニューを入れてくれ」とか、「オレンジジュースは、この店舗は外してくれ」とか(笑)。けっこう鍛えられました。文字要素が増えると、レイアウトも変わってくるじゃないですか。何百店舗もある中でそういうのを作っていたら、いつの間にかレイアウトの基礎とか、バランス感覚が身についてきた。今の僕は、そこがベースになっているんです。
マクドナルドのチラシ広告がベースだなんて、意外です。
しかもチラシの「ウラ」ですから。店舗の地図とか(笑)。表のシズルカットは、東京で作られていましたからね。
どなたかに付くということではなく、実践から学ばれたんですね。
そうです。そこには5年間在籍していましたが、みんなそれぞれ直で電通のADや営業と話をして、仕事をもらっていました。
海外のグラフィックが好きだったので、自分が現実的にグラフィックデザインの面白い世界に直結するとは、全然思っていなかったんです。「現実はこんなもので、世の中にある面白い仕事はかけ離れた世界」だと思っていました。こうやって大阪で仕事を続けていくんだろうなあ、くらいに考えていました。
でも転機が訪れたんですね。
それまでADC年鑑とか見たことなかったんです。興味なくて(笑)。たまに事務所にブックマンって言って、オススメの本を持ってくる人がいたんです。その中のサンプルでADC年鑑とか、JAGDA、TDCとかをまとめて見た時に、佐藤可士和さんが作られたSMAPの3色のデザインがありましたよね。あれが目に留まって「スゴイな!」と思ったんです。デザインが上手いとか下手とかと言う問題ではなく、たった3色で人を驚かせるような展開ができる事にびっくりしたし、「これがグラフィックデザインじゃないのか!」という凄い衝撃を受けました。しかもそれまで日本のデザイナーは全然知らなくて、佐藤さんが初めてくらいでした。
本当はすごくシミュレーションされていると思うのですが、「パンパンパン」と3秒で作ったようなスピード感がすごく良くて、何となく「自分もできるかも」という感覚が少し持てたんです。
少し話が飛びますが、一時博報堂で仕事をしていた事があります。その時に車の広告を作っていたんですね。もう何ヵ月もかけて、怒られながら詰めながら、すごい苦しんで苦しんで作ったものが、渋谷のビルボードにやっと掲出された。その時隣りが、佐藤さんが作られた携帯電話の「新色が出た」という広告だったんです。
4色がバーになっているだけですよ。でもそっちの方がめちゃめちゃインパクト強いわけです(笑)。そこにDocomoってロゴが入っているだけ。それが並んじゃった。
「新しい色が4色出た」というインパクトとスピード感...。発想が面白ければ、自分にも面白いことができるんじゃないかと思いましたね。それまで「デザイン」って、ものすごく時間をかけてやっているものだと思っていたけれど、佐藤さんの仕事を見ると、「やってなさそう」に見える。それがカッコ良かったですね。
具体的にどのように動かれたのですか。
関西から履歴書を出してもらちがあかないなと思って、何も決まっていなかったのですが、東京に行ったんです。「とりあえず出ちゃえ」と思って。それが28歳の時です。
当時は京都に住んでいたんですが、コミュニティも出来て、友達がやっているライブハウスのフライヤーとか、古着屋のチラシとか、そういう仕事はやっていたので「何で行くの?」的な事はよく言われましたね。でも一度、東京でやってみて、また京都に帰ってもいいや、という思いで上京しました。
当初点々とバイトをした後、松本弦人さんに呼んでもらえて事務所に通いました。松本さんの所にいたのは短かったのですが、デザインだけではなくて、人間の色気とか、学ぶ事も多く、いまだに尊敬しています。また「自分はこうはなれないな」みたいな事もあり(笑)、悩んでいた時期でもあります。バイトだったので、その後応募した博報堂の制作部署で雇ってもらえることになり、松本さんの所から移りました。それがさっきお話しした博報堂時代です。
博報堂からまた移られるんですね。
博報堂では2年間仕事をして、その後ストイックに移ります。ADの中島知美さんとフォトグラファーの川口賢典さんの事務所で、ほとんどがファッションの仕事でしたけど、今考えると、ストイックが一番自分に合っている気がします。中島さんは伊勢丹の広告などのフォトディレクションをされていました。
それまでフォトディレクションという仕事を意識した事がなくて、デザインをやっているとタイポグラフィがどうのとか、レイアウトがどうの、という話になってきますよね。その当時、伊勢丹とANNASUIの広告で、NYの撮影に連れていってもらったりしながら、「写真のディレクションは相当面白いな」と思ったんです。
ファッションも、自分の性に合っている気がしました。ストイックにはNumeroとかフレンチヴォーグが30年位前から全部アーカイブされていて、そういうのを見ていてワクワクしました。マス広告って、とんちをきかせて、「こうなっているから、こういう商品なんだ」、という事をわかりやすく説明しないといけない。ファッションは、逆にそれを隠すんです。ネタは60年代、70年代から引っ張ってきている事も多いですが、それが「わかる人にはわかる」レベルでディレクションしていく感じが楽しい。
広告会社にいた時は、永遠に残るものを探求している感じ。広告であっても10年20年経った時に「名作だよね」と呼ばれるものを目指している部分もあるのですが、ファッションはS/S、A/Wというタームで、次にやる時には「1年前のものはダサイ」くらいになっていないといけないわけです。そのトレンドを追っかける感じも面白かった。それで30年後に面白いと言われればそれもいいのですが、次のシーズンにはダサく見えるくらい、今面白いものを追っかけるのは楽しい。そういう意味でも、ストイック時代が、自分でやりたかった事と近かったですね。
チラシ、マス広告、カルチャー系、ファッションと、色々なジャンルを経験されています。
ストイックも3年近くいて、32歳になり、その後コルテックス(現リッシ)というデザインの会社に1年半在籍しました。ADがたくさんいて、ADをマネージメントしている会社でした。最初にきたのがGANTZという映画の仕事だったかな。そこを2011年10月に辞めて、自分の会社「れもんらいふ」を作りました。
紆余曲折ありますね。
そうですね。様々な場所を通ってきたから、今の自分があると思っています。「このデザインが好き」とか、「絶対この人に付きたい」とか、そういう憧れがなく、自分がADになった時に、どういう特長を持ってやっていけるのか全然わかっていなかったので、色々な場所で経験を積もうと考えていました。
千原さんのデザインやディレクションに対しての考え方を教えてください。
- ▲オニツカタイガー
自分のテイストやらしさと言うのは、長く続けていくうちに確率していくものだろうから、何でもやっていこうと思っています。特にファッションは好きなので、ファッションには関わっていきたい。それをベースにしたいなと。
オニツカタイガーにしても、レスリー・キーの写真集にしても、凛子ちゃんのWEBサイトにしても、遠山正道さんとの仕事にしても、ジャンルはバラバラなんですが、軸としてのファッションフォト、ファッショングラフィックがベースだなあと感じています。もし缶コーヒーの広告の話がきたら、来てないですけど(笑)、タレントを使った「The広告」というものよりも、うまくファッションに関連づけられないかなと考えますね。そうすると自分らしさが出る気がします。
実際のディレクションはどのように進められているのですか。
人と絡む、人とコミュニケーションするのが楽しいなあと、ずっと思っているので、何かの仕事が入ってきた時に、絵とかグラフィックとか、ファッションのイメージよりも、人の顔が浮かぶんです。「この仕事はこの人とやったら面白いんじゃないか」というイメージが先に立ちます。そこの時点が自分にとってのディレクションかなと思っています。後は自分が決めた人と相談してアイデアが広がっていけばいい。
オニツカタイガーの店舗の大型ビジュアルも、何となく福島さん(福島典昭)が頭に浮かんだんですよね。靴のブランドなので、ファッションフォトよりもめちゃめちゃカッコイイ靴の写真が撮れれば大きく見せたい。それを定期的に変えていきたいなと最初から思っていました。福島さんと話をする中で「靴を燃やしたら面白いんじゃないか」とか、アイデアは後で出てくる中から具現化しています。
スポーツの靴って、鏡で合わせて見ても、購買の決め手になりづらいんですよね。卓球台を作ったのも、その時にお試しで靴を履いて足を動かせたらいいなあと思い「室内でできる運動=卓球台」を作りたいって提案しました。それもマグマっていうグループに依頼したんですけど、自分で作るよりはそういう人達とやってみたいなと思ったんです。その後はマグマと話しながら「音が出たら面白いよね」とか、アイデアを形にしていきました。自分で手描きのデザインをする事もたくさんありますが、それは「自分をキャスティングする」というか、「自分の絵を自分に依頼して自分で描く」、という感覚です。
普段は、誰が何を作っているのかとか、写真やクリエイティブの動きを俯瞰して見ているのですか。
展覧会、展示会に出かける時も、本を見る時も「自分と絡めないかな」と、常に意識しながら見ています。テレビを見ていても「このタレントさんとこういう事やったら面白いんじゃないか」とか。コマフォトやファッション雑誌を見ていても、それは常々思っていますね。絵作りのヒントを求めるというよりは、人に対する興味の方が強いです。
これからやってみたいことがあれば教えて下さい。
「やったことがない事をやってみたい」というのが一番大きいですね。アートディレクションという言葉は、ある意味楽だなと思っていて、イラストレーターとか、グラフィックデザイナーというと、その仕事に限定されてしまうというか...。それはそれで素敵なんですが、アートディレクターと名乗っておけば、洋服を作ってもいいし、何でもできちゃう。やはり興味があるのは、映画とかショー関連の仕事。それも結局、ファッションと結びつく「何か」なんだろうなあと、ふわっと思っています。
【1】
装苑2011.2月号(コスチュームとファンタジー 飯嶋久美子の場合)
AD+D=千原徹也 P=坂本アキラ COSTUME DESIGN+ST=飯嶋久美子 HM=渡辺サブロオ
【2~3】
ラフォーレ原宿「ラフォーレクリスマス2011」
AD+D=千原徹也 P=西村祐介 ST=飯嶋久美子 HM=岡田知子
【4〜7】
オニツカタイガー
AD+D=千原徹也 P=福島典昭
TABLE-TENNIS TABLE DESIGN =千原徹也+Magma
CHANDELIER DESIGN =Kim Songhe
【8〜11】
菊地凛子オフィシャルウェブサイト
CD=菊地凛子 AD+D=千原徹也
【12〜13】
UNIQLO×Kitson「SUPER MAMA」
AD+D=千原徹也 D=れもんらいふ P=Leslie Kee SPACE DESIGN=谷川じゅんじ
【14】
VOGUE girl
P=赤尾昌則 HAIR=Go Utsugi MAKE=Noritaka Noda IL=千原徹也 MO=太田莉奈
【15~16】
株式会社れもんらいふツール
AD+D=千原徹也 協力=竹尾
【17〜19】
装苑2012.5月号(7つの顔のポートレート)
AD+D=千原徹也 P=宮原夢画 HM=奥平正芳 ST=飯嶋久美子
【20~21】
装苑2011.10月号(装苑75th クリエイターズギャラリー ファッションマトリョーシカ)
AD+D=千原徹也 P=腰塚光晃 ST=飯嶋久美子 HAIR=YUUK MAKE=前川ゆき
【22〜25】
装苑2011.8月号(東京事変 椎名林檎のモードトリップ)
AD+D=千原徹也 P=伊藤彰紀 ST=飯嶋久美子 HM=稲垣亮弐 IL=田中一太 M=東京事変
千原徹也 アートディレクター
1975年11月生まれ(36歳)大阪・京都で、デザインを始めた後、2004年上京。いくつかのデザイン会社を経て、2011年10月に、デザインオフィス「株式会社れもんらいふ」設立。広告、装丁、カタログ、ファショングラフィック、キャンペーンの企画などで幅広く活躍中。主なアートディレクションに、ADDICTION、GANTZ:2011、 Callaway Apparel、ANOUCHKA、TOKYORUNWAY、Ryo ichii RASPOSO、パラダイスキス、LOUNIE、VOGUE girl、装苑、PASS THE BATON、ラフォーレ原宿、レスリーキー写真集(SUPERシリーズ)、松田美由紀写真集、IWJ、レストローズ、菊地凛子 webなど多くのアートディレクションに携わっている。
またボーダーをテーマとしたファッションブランドを「HORIZONTAL BLANKING PERIOD」を立ち上げる。
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