映像作品「Natto Beauty」の出発点

映像作品「Natto Beauty」を制作することになったきっかけを教えてください。

馬詰 そもそものスタートはあるクライアントのヘアケア、ビューティーの広告を撮るためのカメラテストでした。フィルムからデジタルに移行する時期で、後藤さんたちと一緒に2009年から3回ほどテストを行っていました。デジタルで髪の毛、フェイストーンを撮る場合、フィルムとはどんな違いがあるのか、デジタルでは何ができるのか、といったようなことを検証していました。

テストを繰り返すうちに「ディレクションを入れたらどんなふうになるのか」という意見が上がり、それが新たなモチベーションとなり、スタッフがひとつの方向に向かうことができるのではないかと考えたのです。

後藤 仕事後に馬詰さんと膳導さんとお酒を飲みに行った席で、カメラのテストとしても成立しつつ、女性か髪の毛を被写体にしてアートディレクションを入れてみたら、何かおもしろいものができるのではないかと盛り上がったことが映像作品「Natto Beauty」を制作するきっかけとなりました。

お酒を飲みに行く前に、僕がたまたま納豆を食べていて、糸をひく納豆を見ながら「不気味だけど、これをハイスピードで撮影したらおもしろい映像になるかもしれない」と思ったことをお酒の席でお二人に話したら、馬詰さんが「それ、おもしろいかもね」と同調してくれたんです。この話がプロジェクトとして展開することになって...。自分でも「まさかこのような形になるとは」と信じられない気持ちでした(笑)。

「黒髪の日本女性の美」と「日本にしかない納豆という食品の価値」を合わせて、「日本の美をつくり出すもと」ということを作品テーマに据えながら、ヘアのカメラテストと結びつけることができないかという話も出ていたので、映像の試みとして黒髪の日本女性と納豆の糸をハイスピードの世界で撮ってみようということになりました。


作品に対するこだわり

納豆から伸びる糸と黒髪のフォルムにこだわりを感じました。

後藤 糸をひく納豆のハイスピード映像なんて見たことがなかったし、まずもってそんなことをするような人って日本人しかいないだろうし。こんなくだらない思いつきを馬詰さんが興味を持ってどんどんと膨らませていってくれました。

馬詰 納豆って日本の象徴ともいえる食材ですからね。でも「ハイスピードと黒髪の女性と納豆で何を撮るのか?」という問題があって、それに対して後藤さんが「日本の美」とか「Secret of Japanese beauty」いうキーワードを出してくれた。その後、3~4ヵ月くらいは何をどう撮れば日本の美を表現できるのかということを話し合い続けました。最初に「納豆」というキーワードが出ていたので、最終的には映像作品としてうまく収斂していったのかなと思っています。

後藤 普段の仕事と異なり、クライアントがいるわけでもないですし、プロセスもあってないようなものなので、途中の段階から膳導さんと田中さんに協力をお願いして、4人でアイディアを出し合う作業が続きました。よく覚えているのが、田中さんが持ってきてくれたDVDの映像が印象的だったなぁ。

田中 『マグノリア』という映画のDVDで、映画の後半に天井からカエルが何万匹も落ちてくるシーンがあって、それをみなさんに見てもらいました。糸ひくカエルが何万匹も落ちてくるグロテスク感がおもしろく感じたんですよね。レファレンスとなる映像表現をどんどん提案するようにしていました。

「和」もキーポイントになっているように感じました。

膳導 海外を意識しながら制作している部分があって、日本人の中での納豆ではなく、外国人から見た納豆に対する不思議なイメージを意識していました。日本人が見るとグロテスクに感じるけど、日本人以外の人が見ると不思議な世界に感じるような。髪の動きにも納豆の動きにも無重力感を感じられるような映像を意識しているので、映像全体を通して浮遊感を感じてもらえると思います。

馬詰 納豆のビジュアルと髪の毛とのクロスオーバーみたいなところにフォーカスできたのも、最初に後藤さんが考えてくれた「白装束の女性が能を舞うために登場し、舞を舞った後、ふすまの陰に隠れて食事を始める」というちょっとしたストーリーのおかげだったと思います。そのストーリーを納豆のシズルの部分と髪の毛の動きの部分に割愛して、研澄まして表現しようと。

丁度同じ時期に仕事で1枚の絵が動いているような、スチールモーションのような動画の打ち合わせをしていて、このプロジェクトでも「1枚絵がハイスピードで動いている映像にしよう」という方向にまとまっていきました。髪の毛の表現がもう少し立ってくると考えたわけです。

膳導 田中さんの力を借りることで、髪の毛のシズル感と納豆のシズル感をうまく表現することができたと思います。2つのシズル感が合わさることで不思議な世界観が生まれた。それに合わせて、動きやライティングをみんなで相談しながらつくり上げていきました。

美しいヘアをつくることを生業にされている田中さんが、納豆という食品とヘアを合わせるという行為をどのように解釈されたのでしょうか?

田中 「オーガニック」というワードが最初に思い浮かびました。ここ数年、僕の中では欧米寄りの大人っぽい髪表現を追求したいと考えていて、このプロジェクトの話を聞いたとき、すぐに「オーガニック」だなと。エクステンションもかつらも使わない、本来の髪の自然な美しさというものを形にしていきたい。そこに納豆の食品としてのオーガニックを融合させることで、生命というものを感じられるような映像になるのではないかと思いました。オープニングの納豆の粒が上がっていく様子も生命感溢れる映像になっていると思います。


新しい髪表現への挑戦

ヘアのCMはある程度フォーマットが決まっていて、新しい表現を目にする機会はほとんどないように感じます。黒髪のストレートヘアを使用すること自体、日本ではめずらしい試みですよね。

膳導 仕事上ではまったく新しい表現というのは難しいですね。ある程度パターンが決まっています。なので、いままで黒髪でトライすることも少なかった。今回はヘアの見せ方に制約がなかったので、度重なるアクシデントの中から、つくられたものではない髪の美しさやグロテスクな感じを表現していく作業は、非常に実験的でおもしろい作業でした。

田中 髪表現が変わらない理由というのは必ずあって、変わらない中でも少し変えたいという思いが僕の中にはずっとあった。たとえばテクニカルの分野の助けを借りて表現することも、その思いからきています。一例がハイスピード撮影です。ただハイスピードといっても10倍での撮影が一般的で、「1000コマの中で何が見えるんだろう」という疑念もあった。でも実際には1000コマの中にはすごいものがありました。

3D表現のヘアショット撮影をしたときは、通常だったらレタッチで消してしまうような1~2本の髪の毛が3D表現では生きてくるという発見がありました。であれば、4Kなら「質感をとらえるうえでの助けになってくれるのではないか」と考えたわけです。1000コマを4Kで撮り、髪表現の精度を上げて、より高精細なものに仕上げていくことによって、新しい髪表現が生まれてくると考えています。

超ハイスピードや4Kといったテクノロジーの進化も髪表現に影響を与えているということですね。

田中 いままでは、そこそこの素材を編集でどうにかしようということが正直多かった。4Kではそのごまかしが通用しなくなっていくと思うんです。これからは髪表現の修整が難しくなり、素材というものの大切さにフォーカスされていく。ダメなものを編集でカバーするのではなく、よい素材や撮影をしておいて、編集でさらによい映像に仕上げていくことが必要になってくると思います。CMを見て、「こんな髪になるわけないでしょう!」と感じる人がほとんどだと思いますが、3Dの撮影の際に感じた「素材の美しさを撮りきる」ことを4Kでも行っていけば、圧倒的な力強さと実感を伝えられると感じています。

馬詰 この映像作品をカメラテストの延長として考えると、被写体をデモとして撮ってカメラの性能をテストするよりも、ディレクションされたものを撮ったほうが「できること」がより明確になる場合があると思いました。そのほうが機材の進化、撮影後の編集技術の進化をより正確に確認できる。いままでのテープベース(フィルム)の編集ではなく、ファイルベース(デジタル)の編集になったときに、最終のアウトプットまで考えてどのように変わっていくのか。そういったことを広告の仕事以外の場で、みんなで試行錯誤することでスキルが上がることを実感しました。ワークショップのような場って大切ですね。

後藤 普通のカメラテストだったら、きれいなモデルさんを呼んで、髪の見え方や動きを何か新しい表現にしてみようということだけで終わってしまいがちです。でもこのプロジェクトは、スタートこそ「納豆の糸って意外ときれいだな」というばかばかしいところから始まっていますが、かちっとしたカメラテストやテストシュート、ヘアテストシュートが合わさり、そこに「日本の美」というテーマが見つかった。そしてプロが集まって試行錯誤しながら、よりよい素材や表現、撮影、映像に仕上げようとする過程が非常におもしろく、作品としてもすばらしいものができたのだと自負しています。

最初からストーリーは考えていなかったのでしょうか?

後藤 最初は起承転結のあるストーリーっぽいものを考えていたのですが、普段スチールでも一緒に組んでいるスタッフが集まったので、「スチールクオリティの1枚絵が動き出したらどんなものができるのか」ということにフォーカスしようということになって。このプロジェクトが動いていた時期に、ちょうどデジタルサイネージが流行っていて、スチール部隊がスチールクオリティを動画に持ち込んだらどうなるのかという実験的な部分が大きかったですね。

馬詰 あとモデルの高橋マリ子さんの存在も大きかったです。彼女は10代前半からCM界で活躍されてきた人で、「10倍のハイスピードだから2秒の中で演技してください」という無理な注文に対して、彼女なりにやりきってくれた。瞬間の中でちゃんと演技してくれているんです。「納豆を食べて日本女性の美の秘密が明かされる」という裏ストーリーの美の女神役をきちんと演じてくれていました。

後藤 普通の人だったらポカンと口を開けるだけの動作なのですが、高橋さんは2秒の間にどう撮られているのかイメージしていましたよね。やってもらっている動作は大した動作ではないのですが、あてられた風の向きなどを考えて、彼女自身で変化をつけて動いてくれました。

馬詰 実は高橋さん、本当は納豆が食べられないんですよ。それでもがんばってくれた。彼女の存在なしには、この「Natto Beauty」は出来上がらなかったと思います。



「Beauty and the Natto」バージョン


cuttersバージョンへの展開

cuttersに編集を依頼する前に別の形で編集をされていますが、誰が編集を担当したのですか?

馬詰 撮影が終わった時点で、若いスタッフたちが編集してくれました。ことのついでにファッションフィルムの賞へのエントリーも考えていたので、3~4日くらいで一気に仕上げをしました。

後藤 こんなおもしろい素材をお蔵入りにすることだけはしたくなかったんですよ。何か目標がないとだらだらと時間ばかりかかってしまいかねないですし。コマ数が多いぶん、料理の仕方が無尽蔵にあったので、かなり大変な作業ではありましたね。

馬詰 いちお後藤さんのコンテはあったのですが、ストーリーが明確にあったわけではないので自由に編集してもらいました。そのためにもタイムリミットを設ける必要はあったのかなと思います。質のよい素材がまだまだ大量にあったので、この1年後にcuttersさんに編集をお願いすることになりました。

後藤 素材が無尽蔵にありすぎて、cuttersさんにはご迷惑な状態でしたよね(笑)。

Timo いえいえ(笑)。よい意味で素材がありすぎるほどあったので、可能性は無限大にありました。最初の段階で「時間がかかってもよいので、一度冒険してみてください」と馬詰さんがいってくださったので、われわれとしてもありがたく引き受けさせてもらいました。CMなどクライアントがいる場合、制約がある中でよいものをつくろうと努力しても、目的地に着地できないことが多々あります。そういう制約がない自由度がある作品をみんなで一番よいところまで持っていこうとしている部分に、非常に惹かれました。

最近では「とりあえずデジタルで撮って後で編集すればいいや」という風潮がありますが、それは少し違うのではないかと思うんです。高精細の映像が撮れるテクノロジーを使うなら、むしろ素材一つひとつを大切にしなければならない。cuttersでは、1クリエイターとしてすべての素材を見るようにしています。つなげ方によってはよい素材になり得るかもしれないですから。このプロジェクトでは素材一つひとつを大切にしながら撮っていたので、仕上がりのほうもよい映像作品になったと自負しています。

後藤 後で修整できないと思うと、現場の集中力も変わります。クライアントが入っているわけではないので、みんながきれいだと思ったらカメラをまわせばいいし、何か違うと思ったらライティングを変えてみればいい。そういう積み重ねの中で行えたのはよかったですね。時間も予算も限られている中ではありましたが、みんなで集中して試行錯誤する姿はフィルム的な集中力だったと思います。

cuttersバージョンのエッジが立ったサウンドは誰が担当されているのですか?

Timo うちのエディターがサウンドデザインもやらせてもらいました。

馬詰 cuttersさんの「編集する人がサウンドも担当する」というサウンドデザインに対する考え方ってすごいですよね。

Timo 基本的にサウンドデザインってリズムなので、映像を編集する人間が音のリズムをつくらないとズレが生じる場合があります。そのため、うちでは編集がサウンドデザインまで担当するようにしています。

後藤 cuttersバージョンの映像を見たとき、全然違う素材の生かし方をしてくれていて、すごく新鮮でした。入り方もインパクトがありましたね。

Timo 実は完成したものをすべてやり直させているんですよ。普段の仕事では素材がそんなにないので、変えたくてもできないことが多いのですが、今回は時間の尺も自由にやらせてもらえたので、エディターもおもしろかったと思います。

田中 制作する側って思いが強くなりすぎてしまって、冷静に判断できなくなってしまうことがあります。最初に編集した2012年の作品でも満足していたのですが、cuttersバージョンを見て新鮮に感じました。

cuttersバージョンでは、全体のトーンとして海外目線で日本のビューティをとらえてくれていて、とても明快になっていました。また、実験的な映像としてのもともとの意味合いをしっかり汲んでくれていて、前衛的な映像表現に落とし込んでくれていたと思います。

膳導 ハイスピードで撮っていたので、撮影している側としてはスローモーションのおもしろさを見せたくなってしまう傾向がありましたよね。cuttersバージョンと比べると、われわれが編集した作品はカットが長くなりがちで、全体のリズムを少し失いがちだったように思います。cuttersバージョンではエディターがサウンドデザインまで担当しているということもあってか、全体のリズムがジャズから始まって、ワルツに変化していくような「テンポの変化」がおもしろく感じました。

馬詰 あと、「納豆を食べてきれいになりました」というストーリーがきちんと成立しているところもすごい。映像としておもしろいだけでなく、物語として起承転結がある作品に仕上げてくれたと思います。

Timo ありがとうございます! ストーリーがないと非常に短い映像になってしまうことが多いですが、今回はよい素材が大量にあったのでたくさん見せたかったんです。でもゆっくり見せてしまうと、興味がない人にとっては単に長いだけの作品になってしまいかねない。はじめて見る人も気持ちよく見ることができて、見てよかったなと思って終えられる終着点ってどこなのかと考えると、速いカット割だったり、ストーリー性を持たせることにつながっていくのだと思います。

今後の展開を教えてください。

馬詰 撮影機材や編集機材の多様化によって、映像作品を制作しやすくなってきていると感じています。広告に携わるものとして自主制作を行うことは、相互の作品へのフィードバックになっていて、cuttersバージョンのように展開していくこともできます。仕事と自主制作的なことを日々の両輪にできれば理想だと、みなさんともよく話し合っています。

後藤 やる価値のあるテーマやモチーフが見つかれば、年に1回でも実験的なことを行えるといいなと思っています。なかなか納豆を超える発想が思いつかないのですが(笑)。テクノロジーの目覚ましい進化によって、より手軽にCGを使えるようになってきましたが、僕らはリアルな世界にこだわって、「誰も見たことがないもの」を見せていきたい。CGにはないリアルな世界の重量感や存在感、リアリティっておもしろいと思うんですよ。

田中 僕もクラシックの作品を意識して見るようにしています。それがアイデアソースになって、いまの新しい表現につながっていってくれるといいなと思って。最近は現場で「これは無理だからあとでレタッチしよう」となってしまうことが非常に多いです。デジタルによってクリエイティブの底辺が広がって、表現の幅も広がってきましたが、デジタルのテクニカルな部分だけをいいように利用してしまっている気がしています。1枚1枚のシャッターの重みを背中で感じながら撮っていた時代を思い出して、瞬間をきちんと撮ることの重要性をもっと意識しなければならない。それがクリエイターとしての責務だと思っています。

Timo 確かに、最近はデジタルの進化の使われ方が間違っていますよね。デジタルを利便性だけで使ってしまっては意味がない。本来ならば、新しいテクノロジーを使って新たな発見や表現を生み出さなければならないはずです。いまから育つクリエイターのためにも、瞬間にかける重みから生み出された絵の迫力を見せていかなければならない。編集する側の人間としても、試行錯誤しながら丁寧につくられた素材と、複数のカメラでとりあえずまわしてみたという素材とでは、仕上がりに雲泥の差が出てしまうと感じています。

馬詰 映像にかかわる人間が自主制作を行うのであれば、プロがやるべきことを見せる必要があると思うんですよ。個人的には、いろんな人たちが、いろんな思惑で参加して撮ることができるプロジェクトが組めれば、次にやる意味があるのかなと思っています。


メイキング

  • まず髪の動きを意識したヘアビューティからスタート。
    ファントムを使って、ハイスピードで撮影。
  • 納豆を大量に準備する。粘り気、粒の大きさ、糸の引き方等、事前に色々な種類をテストした中からセレクトしている。
    網から落ちる瞬間をハイスピード撮影。HMIで、糸のハイライトがキレイに見えるようライティングしている。
  • 瞳や唇のクローズアップを撮影する膳導さん。PCで絵柄を確認しつつ進行。

【クレジット】
2012年
CD+Director:Jun Goto D.O.P:Yuji Zendo Producer:Tadashi Umazume Starring:Mariko Takahashi Hair Technical Director:Yuki Tanaka Food Stylist:Eriko Kishimoto Assistant Director:Maiko Fukuda Make:Tsuyoshi Watanabe Stylist:Midori Tachibana/Junko Nishio Light :Takeshi Tomasu VFX:Jun Ikeuchi VE:Hajime Tanaka Offline Editor:Hiroki Yamaoka Online Editor:Takanori Nakamura Mixer:Tomotsugu Kawamura Music Producer:Katsuya Yamada Composer:Teruyuki Oshima Production Manager:Satoshi Sakaino/Masahide Nagase/Kota Sudo/Kosuke Kita/Mitsunobu Sakakibara Production:TYO Inc.

2014年
cutters tokyo
EX Producer:Mitsuaki Timo Otsuki Editor:Luc-Yan Picker

タイトルバック写真 
Photo Retouch:Osamu Fukuoka(alpharobe)