- 2011.07.13
photographer上田義彦
2000年の噴火で、全島民が避難した三宅島。
慣れ親しんだ土地を離れることのリスクと
再びその場所へ戻れることの慶び。
活火山である三宅島への撮影を通じて感じたことを
上田義彦さんに聞く。
三宅島を撮り下ろすことになったきっかけを教えて下さい。
- ▲上田義彦さんの事務所でインタビュー。聞き手はSHOOTING編集長の坂田。
3月の中頃、RING CUBEの方々からの依頼で三宅島を撮ることになりました。
2000年に三宅島が噴火して、島民が本土へ避難せざるを得ない状況がありました。そのことも風化しつつあるのだけど、敢えて三宅島を今撮って欲しいと、考えられたようです。そして僕は、今回の大震災によって起こった大変な状況が三宅島の話を聞いていると自分の中でシンクロしたので、喜んでこのはなしを引き受けました。
今回の件は、かなり急な話でした。展覧会の日程が先に決まっているのに写真がない、というのは普通あり得ませんよね。お話を引き受けてからハタと気づいた(笑)。
島を訪れた印象はどうでしたか。
- ▲本土へ避難後、三宅島へ戻られたお婆さん。人物ポートレイトは8×10、風景はライカで撮影。
まず、なぜ自分は三宅島を撮るのか。つかみ所というか、そういうものが見えないまま、1〜2日を島で過ごしていました。民宿の布団の上で、「自分は何やってるんだろう」と思いながら(笑)。福島や東北に行かずに、何故ここにいるんだろう。ピントの外れた所に自分はいるんじゃないかと...。
東京から島に戻られた人々のポートレイトを撮影していたのですが、ある男性を撮っていた時のこと、縁側からふと見た時に、その方のお婆さんが奥の間で昼寝をしていたんです。その姿がかなり印象的で、「お婆さんを撮りたいのですが」と聞いたところ、「いや、婆さんは無理でしょう。年寄りは何を言ってもダメだダメだと、気のない返事をするので...」と言われたんですね。
それで一旦諦めて帰ったのだけど、どうも気になって...。再度お願いをしたところ、なんとか了承していただきました。
そのお婆さんですが、撮影をしている途中で急に唄を歌い始めたんです。「三宅島の唄」です。それが非常に印象的でした。その時三宅島に来て初めて、島の人々をなぜ撮るのかという問いにかすかな答えが見えたような気がしました。
- ▲三宅島のオリジナルプリントを広げてみせていただく。印画紙はコダックペーパー。
三宅島は活火山ですよね。
20年に一度は噴火しています。だから80歳位の方は多い人で3度、噴火を経験されています。ただ今回違ったのは、噴火と共に大量の火山ガスが放出されたこと。これによって2000年の9月から全島民が避難せざるを得ない状況になりました。
島に戻れたのが2005年の2月、4年5ヵ月間戻れなかった。島の方達は1ヵ月半くらいで戻れると当初思われていたようですが、そこまで長引いてしまった。
でもそれだけ長い間放っておくと、家が腐ってダメになってしまいます。今もガスの高濃度地区があって、その近くの住民は10年たった現在でも帰ることが出来ないでいます。
遠くから見ると普通に家が建っているように見えるのだけど、近付くと屋根に穴が空き、柱が腐って、家全体がボロボロになってしまっている所が多いんです。要するに、街全体が朽ち果ててしまっているのです。福島も放射能汚染で住民に避難勧告が出ている地域がありますが、この島を見ていると、10年後の福島で起きてしまうであろうことが想像できてしまう。
- ▲機内から空撮した三宅島。
- ▲火山灰が積もり、神社の鳥居や家がほとんど埋ってしまっている。
最近、他の写真集のことでお会いしていた後藤繁雄さんが福島原発の20km圏外ぎりぎりの所に行かれたそうなんですが、とても綺麗な川が流れていて、田植えがされていて、苗が風で揺れている、のどかな風景がどこまでも続いているが、人が誰もいない、非常におかしなことになっていると...。
環境問題や生物多様性が騒がれる中、人類は地球を荒らしまくっているように見えていますが、太古の昔は循環の連鎖の中で大事な存在だったわけで、現在の人間はそれを忘れてしまっている気がします。地球という惑星の大事な循環の一部として、人は自身の立ち位置を見直し、正していかなければ、人の将来も地球の未来もまっしぐらに暗黒へと向かうしかないでしょう。
人は、大自然の驚異的な力の前では、ただ祈り、その荒ぶれた神を鎮魂する。大昔の人々は、そのように世界と付き合っていたのでしょう。現在の我々も、おおむねその様に付き合うべきだと思います。科学の力でそれに立ち向かったり、防ごうとしても、とても無理だという事を今回の大震災で痛感しました。人間もこの美しい地球を構成する奇跡的な連鎖の中の大事な一つの歯車だということを、今こそ強く自覚する時なのだと思うのです。
そして次に、僕が三宅島に行って一番強く感じたのは、避難する事によって、その土地から引き離された人々に起こる心の問題のことです。今回の福島についても同じ事がもしくはそれ以上のことが起こると思います。いつまで続くのか分からない避難によって起こる問題です。
- ▲若い彼女達にとっても、三宅島は生活の基盤であり慣れ親しんだ土地である。
お婆さんとの出会いも重要だったのですね。
そうです。そのお婆さんは「私はここに戻ることができて、本当に良かった」と、言っておられました。島に戻れなかった老人、避難所で亡くなってしまった友人もいる事を思うと「私は幸せです」という言葉が印象的でした。
避難所というのは、人間の肉体を一時的に支えることは出来るのだけど、精神を支えることは難しい。長びけば長びくほど、精神の方はきついと想像出来ます。そのうち、肉体の方にも影響が出てくる。特に老人は、いつ帰れるのか分からないとなれば、馴染みのない場所での死、予定外の場所での最後も考えられる、人生の最後をどのように生きていくのかが望み通りいかない、これは、今まさに原発によって引き起こされた福島の人々の抱える大きな、そして長く続く問題です。そして、我々日本人全体の問題です。「どうすれば被災した人々が今より少しでも幸せに暮らせるのか」という事をみんなで考えなければならないと思います。
人間の肉体は精神で支えられていますからね。心が落ち着く所が一番いい。三宅島で暮らす人々とその状況を観て、何かを感じとってもらえたらとても嬉しく思います。
- Photo:Yoshitsugu Enomoto
- ■ 開催期間
- 2011年7月13日〜7月31日
- 11:00〜20:00※最終日は17:00まで 火曜日休館
- 開催場所:東京都中央区銀座5-7-2 三愛ドリームセンター(受付9階)
- RING CUBE ギャラリーゾーン
- RING CUBE
http://www.ricoh.co.jp/dc/ringcube/event/kazan.html
上田義彦 photographer
1957年生まれ。日本を代表する広告写真家として活躍しながら、数多くの写真作品を撮り続け、その独自の世界を持った作品群は近年、国内外から高い評価を得る。東京ADC賞最高賞、ニューヨークADC賞など受賞多数。
代表作として、アメリカインディアンの聖なる森を捉えた『QUINAULT』をはじめ、舞踏家・天児牛大を撮影した『AMAGATSU』、自身の家族を写した『at Home』、『flowers』、『ポルトレ』、『photographs』、『FRANK LLOYD WRIGHT』、『YUME』ほか。
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