- 2015.03.01
Photographer広川泰士
広川泰士さんの大きな個展としては7年振りとなる『BABEL Ordinary landscapes』が2月13日より開催される。
創造と破壊を繰り返す人間の営みと自然との関係を、「ごく普通の風景」としてとらえた作品群の圧倒的な存在感に心が揺すぶられる。
広川さんが込めた思いを探るべく、話を伺った。
『BABEL Ordinary landscapes』を撮ることになったきっかけから教えてください。
このシリーズは初めからつながっていたわけではありませんでした。最初は、断片的に気になる風景を撮っていただけなんです。撮影方法としては、8×10のモノクロではなくて、ネガカラーフィルムで撮ろうということだけは決めていました。8×10のカラーは僕にしては珍しいことなんですよ。
一番初めに「気になった風景」はどんなものでしたか?
1998年に屋久島で見た、使われなくなった林道でした。見慣れない光景でおもしろく思ったんですよ。人の手を離れてしまうと自然に戻ろうとする力が働く。道に木が生えてきたり、土砂崩れで岩が落ちてきたり...。特に屋久島は雨が多い場所なので、すぐに木が生えてしまうんですよね。
本格的に撮り始めたのはいつ頃ですか?
2002年からです。僕が東京都写真美術館で『TIMESCAPES-無限旋律-』を発表した年なのですが、撮影で地方をまわっているときに、長野の山の中で、山を切り開いて高速道路を通していく光景をまじまじと見ていたら、いろいろと考えさせられてしまいました。環境破壊を含めていろんな問題が見えてきて、非常に興味深かった。そのときは8×10を持っていなかったので、もう一度気になった風景をまわって歩き、撮り始めたというのが本格的に撮り始めたきっかけになるのかもしれません。
Ichinoseki Iwate October 2008
主にどんな場所で撮られたのですか?
いろいろな場所で撮っています。東日本大震災よりも前に、岩手の山のほうで大きな地震がありましたよね。地震によって壊れてしまった橋や、土石流で埋まってしまった新潟の山古志村を撮ったり、高尾山にトンネルを通して圏央道を造っている光景を撮ったりと、本当にいろいろです。砂や砂利をとるために山を崩す光景や、新しいビルを造るために古いビルを壊す光景なども撮りました。造ったり壊したり、災害で壊されてしまったり...。そういうものを撮り続けていくうちに、あるとき、僕の中ですべてがつながったんです。「変だな」と思う風景を断片的に撮りためていくうちに、澱がたまるように沈殿してきて、ひとつの塊になっていく。時間をかけてつながっていったという感じです。
Kamaishi Iwate April 2011
「撮らなくては」という思いにどんどん駆られていったということなんですね。
僕は初台の山手通りの近くに住んでいるのですが、20年近く地下を掘っては高速道路を通したり、高架を通したりしていました。オペラシティがある甲州街道と山手通りの交差点は、90度に交差する角に、急カーブで無理矢理高速道路をつなげてしまったんですよ。力でねじ伏せているような感じを受けました。
人間の感情、情緒、調和をまったく無視した暴力的な光景に見えて、これはいま撮らないと撮れないなと強く思って。こういうものって出来上がってしまうと既成事実の風景になってしまい、なんとも思わなくなってしまうものだと思うんですよ。
実際、僕もいまでは便利に使ってしまっていますし。サブタイトルの「Ordinary landscapes」(普通の風景)にはそういう意味も込めています。
「いま撮らなくては」というのがいっぱい目につくようになって、そういうことをやっているうちにだんだんと作品として固まってきたというわけです。
タイトルのBABELというはバベルの塔から?
もちろん、旧約聖書に出てくるバベルの塔のことですが、辞書をひくと「空論的な計画」という意味もあるんです。世界各地で競い合うように世界一の高さを誇るビルを建設し合っている現状を見ても、人間ってバベルの塔を造りたがるものなんですね。
Hachiohji Tokyo Februaly 2010
高尾山付近の圏央道も撮られていましたね。
高尾山にトンネルを掘って圏央道を通したせいで、水脈が枯れてしまったそうです。高尾山って山岳信仰の聖地で、滝に打たれて修行をするところがあるのですが、その滝が枯れてしまったそうなんですよ。山を切り崩すことで、確実に生態系へ影響を及ぼしていることがわかりますよね。そこに生きていた動物の居場所がなくなってしまうのですから。
ベルトコンベアが写っている作品はどこで撮られたものですか?
陸前高田の写真で、2014年11月に撮ったものです。先の震災で大津波の被害に遭った場所で、震災直後から通い続けているところなのですが、山を切り崩した土砂を使って、市内の高台造成やかさ上げ工事を行なっています。
陸前高田は広いし規模も大きいから、土砂を送るために山から直接巨大ベルトコンベアを通したんだそうです。ダンプだと20mかさ上げするのに10年かかるそうですが、ベルトコンベアだと工期を5年に短縮することができるのだとか。でも崩したものを盛っているわけですから、どう考えても土壌が弱い。そこの上に町を造っても、津波以前に大雨でも災害が起こってしまわないか不安に思います。
石巻、気仙沼など三陸沿岸一帯でも、景観も何も考えていない、高くて長い防波堤を海岸線に造っていて、地元の人たちからは反対意見も出ているそうです。
(*展覧会場でご覧下さい)
Iwafune Tochigi November 2008
福島で撮られた作品もありましたね。
昨年の8月に福島の帰宅困難区域に入る機会がありました。原発から2.5km地点くらいのところまで行きました。当たり前の話ですが、高台にある新興住宅地には誰も住んでいませんでしたし、新しい野球場やグランドなど広大な運動施設もいまは一切使われていませんでした。背が高く伸びた草に覆われていました。震災によって運休している常磐線の線路にも草に覆われて、自然に戻ろうとする力を感じましたね。津波によって流されてきた車がホームとホームの間の線路に放置されたままでしたし。他の地域はがれきが片付けられていますが、あそこは手が付けられず放置された状態でした。
ところで、撮影したいと思う風景はどのように見つけたのですか?
特別に探したりはしませんでした。たまたま通りがかって見つけたという場所が割と多いです。あとは新聞など報道関係の媒体で見かけて、実際に行って見つけたところもあります。
「変だな」と思う風景にアンテナを張っていたということ?
そういうことに興味を持つと、自然にアンテナが張られて引き寄せられるというか、目の前にどんどん出てくるんですよ。『TIMESCAPES』を撮っているときも、岩場の変な場所がどんどん出てきました。あるとき、機内誌を見ていたら、そこにアンデスのどこどこの写真が載っていたとか。思いがけず目に飛び込んできたり、誰かが教えてくれたりと、呼ばれて行ったような感じですね。
高い位置から撮られている作品が多いように感じます。
全体を見渡せるようにだいたい高いところから撮っています。いい場所を見つけるために、けっこう大変な山登りもしましたよ。写っている場所を知っている人が見ると、どこから撮ったんだろうと思われるかもしれません。
撮影場所はどのように決めていたのですか?
ロケハンじゃないけど、離れたところから山並みを見て、「あの山からならきっと見渡せるだろうな」というところを見つけて実際に登ってみるんです。1カットのために「足で歩く」ということはかなりしています。農家の裏庭から入れてもらって、薮をかき分け山を登って行ったこともあります。
歩き回るということがキーだったんですね。
道なき道を歩き続けましたよ。高い場所からなら全体を見渡すことができますが、高速道路を走っているだけでは山が崩されている様子なんてちょっとしか見えません。何をやっているのか全貌が見えない。見えない裏で山をそっくりなくしてしまっているわけですから、それこそ暴力的な風景だと思うんです。何十億年かかって堆積したものを崩してしまったら、もう元には戻りませんから。
今回は大判プリントでの展示だと聞きましたが、どのくらいの大きさですか?
全部で24点ほど展示する予定ですが、一番大きいもので2,600×3,250mmになります。一番多いサイズが1,500×1875mmで、キヤノンの大判プリンタでつぎ目なしにプリントできる最大のサイズだそうです。あとはスライドプロジェクションでも見られるようにします。
講演会やギャラリートークもされるそうですね。
講演会ではグラフィックデザイナーの中島英樹さんと話すので、思わぬ話が出るかもしれません(笑)。ギャラリートークでは、ギャラリーツアーのように会場を一緒にまわりながら、質疑応答のような形式で作品について直接お話しさせてもらおうと思っています。
Meguro Tokyo
February 2006
最後に、作品の中で一番伝えたかったこと、感じてもらいたいことがあれば教えてください。
言えるのですがあまり言いたくないというか...。写真展を見て、それぞれの人の感じ方で感じてもらえればいいなと思っています。全体を見渡したときに、心に引っかかるものが何かしらある、そのあたりを感じてほしいなと思います。僕のほうからああだこうだと誘導するようなことはしたくないんですよ。
見せ方としても、強要するというのではなくて、そこにあるものを一歩引いた距離感で撮られているので、見る側に押し付けるのではなく、それぞれの感覚で何かを感じとってもらいたいと思われているのかなと思いました。
まさにそれが僕の願いです。大型カメラで撮るというのも、このシリーズに合っていたと思っています。描写が細かいので、見ようとすれば細部まで見ることができますから。どこかを強調してという撮り方ではなく、距離を保って撮っているつもりなので、日常よく目にする「ごく普通の風景」を見るような気持ちで、この作品に向かい合ってもらえたらと思います。大きくして見せたかったので、僕もすごく楽しみにしています。
写真展「BABEL Ordinary landscapes」
期間:2014年2月13日〜3月24日
場所:キヤノンギャラリーS 東京都港区港南2-16-6 キヤノンSタワー1階
時間:10:00~17:30 入場無料
休廊:日曜・祝日
http://canon.jp/gallery
広川泰士講演会
広川氏が展示作品を紹介しながら、撮影時の秘話などを話します(事前予約制)。
日時:2015年2月21日(土)13:30~15:00
会場:キヤノン S タワー3階 キヤノンホール S
ゲスト:中島英樹
申込方法:https://forum1.canon.jp/public/application/add/532
定員:300名(先着順)
参加費:無料
ギャラリートーク
写真展会場にて広川泰士氏が作品について解説します。
日時:2015年3月7日(土)15:00〜
会場:キヤノン Sタワー3階 キヤノンホール S
予約:不要
参加費:無料
日時:2015年3月14日(土)15:00~
会場:キヤノン Sタワー1階 キヤノンギャラリー S
予約:不要
参加費:無料
写真集「BABEL Ordinary landscapes」
- 発売:3月上旬
- 税別価格:4,000円
- http://www.akaaka.com
広川泰士 Photographer
1950年神奈川県生まれ。広告写真、TVコマーシャルなどで活躍する一方、ザルツブルグ、パリ、ミラノ、アムステルダム、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、ヒューストン、シドニー、東京ほか、世界各都市での個展、美術展への招待出展多数。講談社出版文化賞、ニューヨークADC賞、文部科学大臣賞、経済産業大臣賞、日本写真協会賞、日本映画テレビ技術協会撮影技術賞、A.C.C.ゴールド賞、A.C.C.ベスト撮影賞、他受賞。プリンストン大学美術館、ロサンゼルスカウンティ美術館、サンフランシスコ近代美術館、フランス国立図書館、ミュンヘンレンバッハハウス美術館、神戸ファッション美術館、東京都写真美術館、他に作品がコレクションされている。現在、東京工芸大学芸術学部写真学科教授。
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