このMVを作るきっかけから教えてください。

「リリリップス」とは、以前からお仕事をさせて頂いていました。透明感のある歌声とノリのよいエレクトロサウンドで、業界の中でも評判が高いポップユニットです。


「秘密のファンキータウン」ジャケット写真。Photo:小暮和音

一つ前のシングル「秘密のファンキータウン」では、僕は撮影監督に依頼されて照明として入っていたのですが、その合間にスチルを撮っていたら「これ、ジャケットに使いたい」という話になり、そこからご縁がはじまりました。

リリリップスは、音楽的には評価されているのに、認知がまだ高くない状況で「どう広めていくか」が課題でした。曲はいいのでMVも作りがいがありますし、「ブレイクするために、もう少しプロモーションをどうにかしてきたい」という気持ちがありました。


小暮和音さん。

一方、限られた制作費の中で、僕としては色々挑戦してみたいなという思いも持っていました。

実験的なことにもトライしてみてもいいのでは、ということですね。

そうです。広告代理店に勤めている脇田さんが今回のMVのアイデアを企画されています。

脇田さんは現在ストプラ*をされていて、彼女も音楽がすごく大好きな方で「こういうアーティストがいてね〜」と曲を聴かせたら、見事にハマり「もっと面白いことをして、たくさんの人に届けよう!」「インスタグラムストーリーズを使うのはどうだろう!」という提案を受け、それは僕にはない発想だったので「じゃあ一緒に作ろう」と巻き込みました。 *ストプラ:ストラテジックプランナー。商品開発からコミュニケ―ション戦略までマーケティングの最上流から携わる仕事。


iPhoneのカメラで撮影中の小暮さん。

なるほど(笑)。YouTubeにコンテンツをアップするのはもう普通ですからね。

そうなんです。インスタの「ストーリーズ」という機能が使われているMVは見たことがなかったので、それを活用しました。


再生画面右下のフレームをクリックすると、フルスクリーンになる。
まるで友人の撮った動画を見ているよう。

「ストーリーズ」はどういう機能なのですか。

インスタのストーリーズ機能は、写真や動画をスライドショーのような形式で投稿できます。たくさんの写真や動画を投稿していても、「ストーリーズ」機能を使えば1つの投稿で複数の写真や動画をまとめることができます。

メッセージやイラストも入れられるのですね。

トーンを変えられるのはもちろん、色々なツールやデザインが選べて文字が入れられます。手書きもできて、けっこう優秀なアプリです。こういうものをうまく使って、10〜20代の人が親しみやすいようなカジュアルな映像にしました。ハッシュタグや位置情報も入れられるんです。


夜のシーン。右サイドからはバッテリーで点灯できる
撮影用LEDライト、フォトディオックスをアンバートーンで照射。

ツールの解説までして頂きありがとうございます。勉強不足ですみません。

いえいえ(笑)。自由度の高いツールなので、一般の人の写真や映像でもほんとにうまく活用して作っている人もいます。

写真の一部に文字を固定することで、その映像が動いても文字がそのまま追随したり、そういう細かいことも、この映像の中に取り入れています。


ストーリーズに文字を何かに固定し続けられる機能がある。
このシーンでは、絵が動いてもハンガースタンドのポールに文字が固定され続けている。

ストーリーズは「24時間で削除される」ので、気軽に投稿できるんですね。通常のインスタだとずっと残りますが、消えてしまうメリットをうまく使っているモデルやアーティストの方もいます。

消したくない場合は「ハイライトに残す」機能を使えば、その人のインスタアカウントへアクセスすれば、その投稿(ストーリーズ)を見ることもできます。ファッション雑誌やアパレルは積極的に使っているところが多いですね。

ただ思いついたのはいいものの、作業がなかなか大変で(苦笑)。曲のテンポが変わるタイミングで画面が切り替わるとか、何気にやっていますが、収録も編集も手間がかかっています。

スマホで映像編集もされているのですか。

いえ、映像は最終的にはAdobe Premiereで編集しています。ただ、このストーリーズを見ている時に、スワイプした際の「次の映像への切り替わる動き」をどうしても取り入れたかったんですね。そこもこだわった部分です。


Premiereの編集画面。

ワークフローを整理して教えていただけますか。

まずスマホで撮影します。今回はMVなのでテンポがあってカットの切り替えが必要になってきます。そのタイミングを見るために、撮影した動画を一度全てPremiereに読み込みます。撮影は長めに撮っておいてPremiereで1曲を通しの仮編集をします。

そこで初めて「このカットは6秒で」とか、わかるんですね。そして今度、仮編集した1カットずつを映像ファイルとして書き出します。1個ずつ「001、002〜」とファイル名をつけて書き出していきます(笑)。

書き出した映像をAir Dropでスマホに送り、今度は「Foodie(フーディー)」というカメラアプリに読み込んでカラコレしていきます。


Foodie(スマホアプリ)
食べ物の写真に特化した30種類以上のライブフィルターを搭載している。

元々は「食」を撮って変換するためのアプリですが、最近は女子高生を中心に普通の写真を加工するために使われているようです。
Premiereでがっつりカラコレまで行わないのは、皆が使っているアプリで加工した方が程良い親和性が得られると判断したからです。
「Foodieでカラコレした映像を保存」→「インスタのストーリーズ」に読み込むことで、初めて編集作業に入れる状態になります。

工程にすごく手間がかかっていますね。

ストーリーズでも色は変えられますが、それはもう処理してあるので色はそのままです。脇田さんの提案で「歌詞をいれたい」と要望があったので、ハッシュタグ等に、そのカットのタイミングで歌詞をいれたり、イラストを入れたり、遊び心のある編集をしています。ストーリーズに入れる映像は、これで完成です。

次に収録のために、実際にインスタにあげていきます。そのために、僕はまずダミーの別アカウントを8個作りました。 そして、それぞれのアカウントに順番に映像を入れていき、最後にアカウント間の「切り替え」も含めて、一気に「画面収録」を行いました。「切り替え」を入れる事や、このリアルさの演出のために、アカウントを実際に作って「画面収録」することにこだわりました。

このやり方で問題なのは、ストーリーズ上に出てくる順番が「自分へのおすすめ順」のため、自分で変えられないんです(笑)。

自分に興味があるものから順番に出てくるので、順番を変えるためにそのカットをひたすら見続けて、アクセス数を増やして表示される順番を変えて、調整しようと試みました。結局のところ、出てくる順番のアルゴリズムは不明です(笑)。それを繋ぎ合せてやっとの思いで完成まで漕ぎ着けました。

経験を積むために、自分が楽しみながらやりましたが、普段の仕事としてするのは相当大変だなと思います。

学生や時間のある人だと、個人である程度の編集まで出来ますね。

そうですね。本格的な仕事なら編集ソフトである程度作ってしまうと思いますが、インスタの機能だけでも優秀ですし、日々アプリがアップデートされて新しい機能が追加されていくので、アイデア次第で、面白い作品が作れると思いますよ。

人気インスタグラマーはうまく利用しています。「ストーリーズ」はフォロワーを増やすために使うというよりも、すでにフォローしてくれている人の心を掴んでおくために使うツールですね。アプリで制作しているため画質は少し落ちるのですが「スマホで見る」前提なのと、若い女性をターゲットにしているので、それも「味」として受け入れられると思います。

撮影は縦位置が前提ですね。

そうです。映像の中で一部、スタジオで撮影したシーンもあります。全てをカジュアルに撮るのではなくプロ感も出したかったので、サビの部分はスタジオでライティングをしてソニーα7R IIIで縦位置撮影しています。

このMVに関してはディレクターがいないんですね。企画者がディレクターであり、僕も撮影や編集に携わって、かなりミニマムなスタッフィングで制作しています。ハイスピード表現もiPhone カメラの「スロー」ツールを使って撮影していますし、スマホの機能を活用しています。




定常光に赤と緑のフィルターをつけ、ソニーα7R IIIを縦位置にして撮影している。

最近はスマホしか使わない人も増えていますね。スマホユーザーを対象とした「縦位置動画」はこれから急激に普及していきそうです。

縦位置アプリで作ることにより、映像を見たファンの男性からは「彼女感があって凄くよかった!」という意見、女性からは「友達みたいに身近に感じた」と言った感想を頂いています。

ストーリーズは最大15秒しか対応していませんが、インスタの新しい動画機能「IGTV」を使えば、フォロワーが多い人だと最大60分の動画が投稿できます。ショートムービーはもちろん、もはやドラマや縦位置映画の長尺コンテンツが作れてしまうんです。

最近は、口パク(リップシンク)動画アプリ「Tik Tok」が女子中高生を中心に人気が出ています。押している時だけ録画できるので、1秒歌って、シーンを変えてまた録画するとか、僕たちが考えつかないようなアイデアで映像を作っている人もいます。

ターゲット層が10代ならこういうツールを取り入れてアイデアを考えいかないといけないわけです。プロフォトグラファーも「良い写真が撮れればいい」というだけではなく、「どうやったら響くのか」までを考える時代になってきているのかも知れません。

テレビ映像の4K、8K「16:9」比率で高解像度、リアリティを追求して行く方向性と、スマホだけで多くを完結してしまうユーザーと、響くトーンも距離感も違ってくると思います。商業べースで考えた場合にも、縦位置スマホに特化したコンテンツは益々需要が伸びていくと思います。





「月と流れ星と君と」ミュージックビデオ企画について
脇田菜穂子(ストラテジック・プランナー)

今までのリリリップスさんのMVは、ポップで、おしゃれで、ゆるくて、最高です。
私も大好きです。
ただこの曲に関しては、リリリップスさんが課題としてあげてくださった「新規ファン・若い女子ファンの獲得」を明確に目的とし、
人が話題にしやすくすることと、女子の共感(既視感)を呼ぶことを優先しようと考えました。
そこで、若い女子にとって今やインフラと化しているINSTAGRAM/ストーリーズを利用しながら、違和感と突っ込みどころを作ることを意識し、ご覧のMVを完成させました。
愉快なストーリーズパートと魅せる本編の融合を図ったり、
ストーリーズは複数のアカウントを実際に用意し、MVを見た人が検索したら見つけられるよう今も残していたり、
たった数日前に追加されたストーリーズの新機能を利用していたり、
違和感と突っ込みどころを端々に忍ばせています。
さらに、このMVを見た人には、継続的にリリリップスを追い続けてもらうために、
最後にリリリップスのINSTAGRAMアカウントをフォローする仕掛けをつけました。

語ればきりがないですが、
このMVが少しでも人の心に残っていたら幸いです。


現場で動画の確認をする脇田さんとNOZOMIさん。






『月と流れ星と君と』収録EPジャケット


アーティスト写真 photo:小暮和音

リリリップスはNOZOMIを中心とするポップユニット。観客を巻き込むパフォーマンスとプロデューサーUSAGI DISCOの楽曲が話題を呼び、今年度のモナレコード ・コンピのタイトル曲に起用されるなど、耳の早い音楽リスナーやクリエイターから注目を集めている。 2017年7月活動開始、2018年7月『ちょっと工夫でこのうまさEP』リリース。
http://lililips.net


https://www.instagram.com/lililips.jpn/